民主党大統領候補者指名レースの大勢決す

 全く意外の展開と言う他はない。混迷が続くと見られた民主党大統領候補者指名レースである。当初は20人を超える候補者が乱立し、7月のミルウォーキー党大会までに決着しないのではとの観測すらあったというのに、日本時間320日の今、アメリカ(というか全世界もだが)のニュースはコロナ一色だ。その合間に入る民主党予備選挙のニュースの前振りに、BBCのアナウンサー曰く、「忘れられがちですが、今民主党の大統領候補者指名争いが続いています」とは笑ってしまった。

 現況はと言えば、バイデン氏でほぼ決まり、あとはサンダース氏が選挙戦を続けるのか撤退するのかが焦点というところだろうか。サンダース陣営は、ネット上の選挙運動を縮小させていると伝えられる。撤退の前触れか、単なる金詰りかは分からない。政策路線では、ピート・ブディジェッジ氏に注目していた私としては、いささか寂しい。この転換点となったのは、いわゆるスーパーチューズデイの直前、ブディジェッジ、クロブシャー両氏の撤退表明であろう。単に撤退したばかりか、両氏ともバイデン氏の選挙集会に出席して支持を表明した。山場と見られていたスーパーチューズデイは、バイデン、サンダース氏に、ウォーレン、ブルームバーグ、当初より泡沫に近かったギャバード各氏で争われることになり、その後、不振であったウォーレン、ブルームバーグ両氏の撤退をもたらした。ところが、ブルームバーグ氏がバイデン支持を明らかにしたのに、政策路線ではサンダース氏に似通っていたはずのウォーレン氏は、だれの支持も表明しなかったのである。

そして、310日から17日にかけてバイデン氏の優位は加速した。8つの予備選挙と2つの支持者集会でバイデン氏は、494名の代議員を加えたのに対し、サンダース氏は280名にとどまり、スーパーチューズデイ終了時点での両氏の獲得代議員数の差は、17日には82から296へと拡大した。こうした情勢の後、19日形式上は、候補者としてとどまっていたトゥルシ・ギャバード下院議員が撤退とバイデン氏支持を表明、遂に、候補者指名レースは2人の争いとなったのである。 

この38歳のハワイ州選出下院議員は、取り立てて注目を集めることもなく、言わば鳴かず飛ばずに終わったとはいえ、ブディジェッジ氏と並んで、アメリカの変貌を体現していたとも言える。奇しくもブディジェッジ氏と同じ年齢の若さであり、何と南太平洋のアメリカ領サモア出身でヒンドゥー教徒である。ブディジェッジ氏に比べて、マイノリティと言うより単にマージナルなだけとも言えようが、やはり一昔前には想像できなかった候補者ではあろう。彼女がここまで撤退せずに踏みとどまっていたことの方が不思議にも思われる。あるいは44日に予定される地元ハワイの予備選挙で一矢を報いたかったのかもしれないし、それが今秋の自分自身の改選の良い事前運動にもなると見ていたのかもしれない。しかし、故郷サモアですら勝てず、地元で2強の争いに埋没してしまうことを恐れたということも考えられる。いずれにせよ、彼女の離脱は誠に微小な波紋を生じただけではあろう。ただ、4年前にはサンダース氏を支持していたのに、今回はバイデン氏支持に回ったということは、完璧なサンダース包囲網の完成を象徴する動きであった。

冷徹な数字

これを書いている時点での、政治情報サイトReal Clear Politicsの集計によれば、民主党公選代議員総数3,979名の内、既に2,233名が選出されている。バイデン氏が1,181名、追うサンダース氏は、885名を獲得している。サンダース氏が指名獲得に要する1991名に到達するには、 あと1,106名の積み増しが必要であり、単純に計算すれば、残る予備選挙で平均約65パーセントの得票率が必要となる。これは、殆ど不可能といってよい。民主党の予備選挙は、得票率15パーセント以上の候補者に代議員が比例配分される。つまり、バイデン氏が15パーセントに達しなければ、サンダース氏の事実上の勝者総取りになり、一気に差を詰められるものの、それはあくまで論理上の可能性に過ぎない。勝ち負けはあっても、バイデン、サンダースの一騎討が続く中では、大きな逆転劇は生じないだろう。

サンダース氏の今後

それでも、サンダース氏の今後には、予測できない点がある。この人物、やはり特異な政治家と言う他はない。とにかく首尾一貫している、俗に言えば「ブレない」人ではある。そして、職業政治家であれば当然取るであろう「撤退」という選択肢は、彼の場合当然とも言えないのだ。経験則として、先頭を走る候補者に獲得代議員数で大会代議員総数の10から15パーセントの差をつけられたあたりから、撤退が選択肢として意識され始める。現時点でのバイデン氏とサンダース氏の獲得代議員数の差296は、大会代議員総数の7.4パーセントに過ぎず、撤退云々は過早とも思われるかもしれない。しかし、それは代議員の比例配分が徹底しておらず、勝者総取りの大州もあった時代のことである。今日、10から15パーセントの差を挽回することは、はるかに困難となっている。

にもかかわらず、彼が撤退を決断するかは分からない。撤退の大きな動機は、引き際をきれいにして、党の団結と本選挙の勝利のために自己犠牲を払ったという実績を残すことである。そして、今後の可能性を残してもおける。党が負ければ4年後、勝っても8年後には挑戦することができるし、副大統領候補者になれるかもしれない。ところが、サンダース氏には、どれも当てはまらない。年齢からして次はないし、政策路線の相違と過去の行きがかりから、バイデン氏とのティケットもあり得ない。つまり、民主党中道派の顰蹙を買いつつ選挙戦を継続しても、資金が続く限り、失うものが何もないとも言える。一定の代議員を引き連れて党大会に乗り込み、民主党の路線を左に引き寄せようとすることも考えうる。

 予備選挙撤退については、稿を改めたい。

                                320日春分に