急速に全米に拡大した警察の暴力に対する抗議行動は、大統領選挙にどう影響するだろうか?抗議運動自体が、どのように終息するのか、暫くは終息しないのか、確かな見極めもつかぬ今の時点では、あまり断定的なことは言えない。しかし、意外にも決定的な影響は与えない可能性もある。
トランプ大統領の、軍投入による鎮圧方針は、メディアでは、国民の分断を招くとして批判にさらされている。しかし、アメリカ国民の意見は、既に分断されていたのであって、軍隊の投入方針が分断をもたらしたのではない。米ABCテレビと調査会社イプソスが今月3~4日、全米の有権者706人を対象に実施し、7日発表した調査によれば、抗議デモが暴動に発展した場合に米軍部隊を投入するかどうかに関し、過半数の52パーセントが「支持する」と回答し、「支持しない」は47パーセントだった。その内訳は、白人の56パーセント、中南米系の60パーセントが支持するとした一方、黒人の不支持は73パーセントに上った。党派別では共和党支持者の83パーセント、無党派層の52パーセントが支持、民主党支持者の72パーセントが不支持だった。抗議行動・暴動は、確かに、今そこにある分断を露わにはしたけれども、それが分断を生んだのではない。とすれば、別に何も変わってはいないとも言える。
関連して地元警察に対する信頼度にも、顕著な差がみられる。Ipsos/Axios調査によれば、以下のように、人種、支持政党、年齢により信頼度は大きく異なる。
白人 77パーセント 男性 67パーセント
ヒスパニック 62パーセント 女性 70パーセント
黒人 36パーセント
年齢 18-29 51パーセント
民主党支持者 63パーセント 30-49 65パーセント
共和党支持者 78パーセント 50-64 76パーセント
アメリカの警察制度は、まさに複雑怪奇であり、私も完全に理解しているという自信はない。しかし、確かなことは、アメリカの警察の根幹を成すのは、自治体警察local policeであることだ。名称は、市警 police department of ~ cityだったり郡保安官 ~ county sheriff だったり様々ではあれ、全米18,000以上にも及ぶ自治体警察が、日常の警察業務に当たっている。この自治体警察への信頼度の差で目に付くのは、やはり人種の違いである。ただしそれでも、ヒスパニックからは過半の信頼を得ている。性差はほとんどなく、人種に次いで年齢差が大きいことが目を引く。今回の抗議運動の引き金となったミネアポリスの事件以前より、警察に対する黒人の不信、不満は募っていた。
黒人層に、大きな不満が存在していること自体は紛れもない。しかしそれは、警察の暴力に対してだけではなく、経済不況、コロナ禍への複合した不満である。コロナ勃発前の10年間、黒人の経済状況は、実は着実な改善を見てきた。2011年から今年2月までに、黒人の失業率は16%から5.8%に低下し、ここ半世紀で最低の水準となっていた。ただし、それでも白人のおよそ2倍ではあるのだが。また、黒人の生産年齢人口中の就業者比率は、2月には59%に達し、白人より2ポイント弱低いだけであった。コロナ禍については、黒人の在宅勤務率は低く、それだけウィルスに曝されやすい。コロナ犠牲者は、人口比で突出して高い。学校の閉鎖に伴って行なわれたオン・ライン授業でも、郊外住宅地の中産層に比べて、通信環境が追い付かず、機器など十分な準備ができなかったのは、都心部の黒人層である。これらの苦境に対する鬱積していた不満に、警察の暴力事件が火をつけたのだ。
しかし、元来黒人は、9割近くが民主党支持者であり、出口調査によれば、2016年にトランプ氏に投票したのは、黒人の8パ―セントに過ぎなかった。今回の事で、黒人支持者がトランプ氏を離れることはないだろう。と言うより、離れるも何も、もうとっくの昔に共和党を離れてしまっている層なのだから。無論、黒人が「覚醒」して、大幅に投票率が上昇したり、前回それでも得た8パーセントの票まで失えば、話は違ってくるかもしれぬが。とりわけ、ほんのわずかの票で勝負の決まる接戦州では、勝敗を左右し得ないとも言えない。
前講と重複するが、具体的には、今年の大統領選挙の勝敗を決するとみられる6州は、いずれも前回、僅差でトランプ氏が制した。しかし、支持率では、現在これらの州全てでバイデン氏に後れを取ってしまっている。2016年の結果とreal clear politicsからの最新支持率を、アルファベット順に挙げる。
2016結果 票差パーセントポイント 選挙人数 対バイデン支持率差
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アリゾナ 3.6 11 -2.8
フロリダ 1.2 29 -3.4
ミシガン 0.2 16 -3.0
ノースカロライナ 3.7 15 -0.8
ペンシルヴェニア 0.7 20 -4.0
ウィスコンシン 0.8 10 -3.4
これら6州の選挙人団は、計101人にも達する。今回これらの半分でも失えば、トランプ氏の再選は、ほぼ絶望的となる。なかでも、ペンシルヴェニア、ミシガン、ウィスコンシンの北部3州は2012年に民主党のオバマ氏が勝利し、4年後の2016年にトランプ氏が僅差で獲得した州である。ウィスコンシンは1988年以来、ペンシルヴェニアとミシガンでは1992年以来民主党候補が勝利し続けており、2016年選挙の結果は、意外であると受け止められた。現在これらのすべての州では、わずかにバイデン氏がリードしており、とりわけペンシルヴェニアでは、やや差が大きい。しかし、2016年選挙においても、これら3州でのトランプ氏の支持率が、クリントン氏を上回ったことはなく、ミシガン州では投票日直前の10月後半の時点では、クリントン氏のリードは12ポイントにも達していた。注視していく必要はあろう。しかし、能の無い話で恐縮だが、結局はふたを開けてみるまでは分からないとしか言えない。
しかし、人種、階層を問わず、アメリカ国民の間に、コロナ、不況、抗議運動の三点セットによる閉塞感、無力感が広がるようなら、話は違ってくる。そうした場合、「取り敢えず」は現政権を取り換えてみるという方向の選択をするかもしれない。別にバイデン氏や民主党を、さして好まなくとも、である。そうした行き詰まり感の打破の欲求は、1968年には「法と秩序」を掲げた共和党ニクソンン氏に勝利をもたらした。1980年のレーガン氏の勝利にも、イラン問題の不手際などの行き詰まりを打破したいという感情が、与って力があったのかもしれない。「陰鬱な天候から脱して、抜けるような青空を見たい」という漠然とした感情は、いったん広がってしまうと手に負えなくなりがちなのは、ちょうどコロナウィルスに似ている。政策を語っても、効かないからだ。事実として、薄日が差してこなければならない。抗議運動が、あと5か月も続くとは、さすがに考えにくい。そうであるにせよ、コロナ感染爆発の終息と不況からの脱出の兆しが見えてこなければ、トランプ氏の再選は危ういものとなろう。