完璧な顔立ちではないがオシャレで人好きのする雰囲気を持つ人を俗に“雰囲気イケメン”という。
それを80年代で体現していたのが松田優作ではないだろうか。
先日彼の主演映画『ヨコハマBJブルース』を観た。
売れないブルース歌手BJ(松田優作)が副業として探偵をやっている中で大きな組織の事件に巻き込まれていくという話だ。
『探偵物語』をはじめ、松田優作がアメリカン・ニューシネマの影響を多大に受けているのは間違いない。
1979年の『俺達に墓はない』がボニー&クライドを模しているのなら、『ヨコハマBJブルース』のBJはフィリップ・マーロウそのままだろう。
そしてこの作品で松田優作は、これまでの『野獣死すべし』や『太陽にほえろ!』とはまた違った一面を覗かせた。
生前の松田優作を知る人にとっては定番モノとしてグッとくるし、10〜30代の人が観れば「松田龍平っぽい」「松田翔太っぽい」と別の視点からグッとくる。
どちらにせよ約40年前の映画が今でもこんなに感動をもたらしてくれる陰には、やはり松田優作というカリスマの存在が大きいのだろう。
1972年の『太陽にほえろ!』に始まり『傷だらけの天使』や『西部警察』など、この頃は刑事もののドラマや映画が多くあった。
そこから石原裕次郎だったり萩原健一(流行ではない)、水谷豊、舘ひろし・柴田恭兵コンビが出てきた訳だが、それと並行して1970年代後期からは『ビー・バップ・ハイスクール』や『スクール・ウォーズ』など不良ドラマも多く現れ始めた。
武田鉄矢が海援隊士から教師に変わったのもこの頃である。
”社会に反する美学” と ”社会に反する者を捕まえる美学”が相反しながらも社会現象にまでなった日本をジェームス・ディーンはどう思っているのだろうか。
また、この時代の映画は映像が生々しい。
現代の映画は、ドラマや雑誌もそうだが何でもかんでも”綺麗”にしすぎて、人間らしさがほとんどない。
その点昔の映画の死体はことごとく気持ち悪く、バーのママはことごとく目の下にクマがある。
ヤクザはことごとく宍戸錠に見え、主役はどれだけ撃たれても玉がほとんど当たらない。
(話が逸れたが)それもまた今もなお昔の映画が愛される所以の一つだろう。
「港のある町は男を変えるみたいね」
馬渕晴子がBJ演じる松田優作につぶやくセリフであるが、鳥羽一郎も加山雄三も港のイメージとともにあれだけ若者のカリスマになれたのだとしたら、男が変わってしまうのも悪くない。
ちなみに岐阜には港がない。
あなたの男が突然変わったとしたら、名古屋港か福井港あたりが最も疑わしい。
今日は『マリーズ・ララバイ』でも聴きながら寝よう。
お酒の飲めない私にギムレットは早すぎるから。