私のことを少し書きます。



私は11歳まで祝島で育ち(祝島では悪ガキといわれてます)、同級生には先日まで反対運動の代表だった山戸、北海道からUターンし豚を放牧飼いして、時折山口の地方局の放送で見かける氏本とがいます。

現在は千葉県我孫子市で40年間住み、32年前に零細ではありますが、屋外運動施設、野球場、サッカー場等の管理会社を経営してます。



3~4年前より、祝島に11月から翌年2月まで滞在し生活しています。



そこで出会ったI君の話です。

昨年11月、ある日I君が突然に風呂を見せてくださいと訪ねてきました。

中村竹司のたった一人の行政改革

瞬間的に、異様な感じがしましたが、時間を持て余している身なので話を聞くことにしました。

どこから来たの?どうして祝島に来たの?

私の質問にたどたどしく、「(とても32歳の感触のない応え方で)2月に八王子から来ました。仕事できました」とのことでした。

祝島に仕事があるの?と聞くと、先輩に誘われた、ひじきの採取(2~4月)の手伝いですと応えました。

それで、給料はいくらなの?

矢継ぎ早の私の質問に700円ですと答え、へーとの私の声に、時給ですの訂正していました。

仮に1日8時間5600円×20日間=112000円いい稼ぎだね?の問いに、ええ、まーの返事でした。

ところで本当のところは?との私の問いに、「上関原子力発電立地反対運動に参加するために来た」とのことでした。



それで、私の知り得ていること等を話していると、かみ合わない議論になり、(もともと訪ねてきたときから、おかしい人間と思ったが)、でも興味を惹かれたところだったので、私からすると話題になっている祝島に来ただけ?このレベルの人間しか来ないのか、それともこのレベルにしか(祝島が)見られてないのか、祝島で生まれた者として腹立たしく感じ、帰るように伝え帰ってもらいました。



一日置いてI君が再び現れて、またまた立地問題の話になり、訳のわからない議論に腹が立ち、よそ者に過去の経緯、過剰な反対運動を受けた島の人達のことを話すと、へーそうなんですかとの顔付きでした。



「ところで、君の両親は君の行動を知ってる?又どう思っている?」の質問に、父は長野に住んでいて講演をしていますとのこと。講演内容を尋ねると、「自然食品等です。祝島にも来ました」と話し得意げでした。

何か胡散臭いものを感じ二度と来るなと言い帰ってもらうと、数日後、某市に於いて警察に保護され施設に入ったそうです。


※このレベルの人を呼んでる奴ら。魂胆があって呼ぶのじゃないよ。悪ガキ、タケボーより


中村竹司のたった一人の行政改革