今回は、最近読んだ「言語の起源 人類の最も偉大な発明」という本のレビューです。

 

この本は、言語は本能であり、ホモ・サピエンスが突然変異で身につけたものでノーム・チョムスキーが提唱した生成文法への反証だとのことですが、僕は、ノーム・チョムスキーの生成文法の理論について全く知識が無いので、その辺りの議論の妥当性については、あまり説明できません。

 

それから、内容としては、アメリカの哲学者であるパースの言語理論を基にしているそうですが、パースの本も読んだことが無いので、その辺についても詳しく解説はできない感じです。まあ、なんというか、結構専門的な内容も多かったですね。

 

アメリカの理論的認知科学者マーク チャンギージーの書いた、「〈脳と文明〉の暗号 言語と音楽、驚異の起源」の内容に近いように感じました。

 

どちらの本でも共通しているのが、人間の言語能力と他の生物のコミュニケーション能力との断絶です。「言語の起源 人類の最も偉大な発明」では、序文に、ガラガラヘビに噛まれて亡くなった曽祖父の話が出てくるのですが、そこで説明しているのが、ガラガラヘビがしっぽの先端を振動させて発生させる「ジャー」という警告音と、人間の言語は全く違うものであるということです。

 

おそらく、多くの言語学者が「ホモ・サピエンスは突然変異により、言語を習得した」と考える最大の理由が、人間と人間以外であまりにもコミュニケーション能力の差に大きな違いがあることなのでしょう。

 

ですが、「言語の起源」では、人間が、単純な発生やジェスチャーから、現在の複雑な構造を持つ言語へと人類がコミュニケーション手段を発達させていった過程について論じ、「〈脳と文明〉の暗号」では、人類が脳を発達させることで複雑な言語を習得したのではなく、むしろ、言語が人間の脳や認知能力に適合するように進化してきたと論じています。

 

どちらの本でも、当然、言語の習得に人間の脳や認知能力の進化が不可欠であったことは認めていますが、それが、短期間に発生した突然変異の産物であることについては否定します。

 

また、「〈脳と文明〉の暗号」では、人間が自身の脳や認知能力に適合するように言語を進化させていく過程について、「人間と文化の共進化」という概念を提唱しています。

 

言語は、コミュニケーション手段であるため、人間は一人で言語を開発させることはありません。ですが、人間は、社会の中で、文化を発達させ、その中で、言語というコミュニケーション手段を発明していった。

 

で、まあここから、唐突にAIの話になっていくのですが、この「言語の起源」の著者も、人間の脳や認知能力を模したAIを作ることは、困難であると論じています。

 

その理由は、この人間同士の関係性の中で生まれる「文化」というものをAIは持ちえないのではないかというのですね。果たして「文化」とは何か?というのは、それ自体が非常に深遠で興味深い問いではあるのですが、一方で、単体で計算や外部環境の認識を行うAIは、少なくとも現時点では「文化」を持ちえない。

 

非常に、高度なシミュレーションと学習能力により、チェスや将棋では圧倒的な強みを発揮するAIですが、人間のように、より広範な能力や、複雑な認知機能は持ちえないというのが筆者の考えのようです。

 

ただ、残念なことに、このAIに関する言及はあまり深堀りされておらず、サラッと数行言及されるだけだったので、「文化」を形成できないことにより、具体的にAIには何ができないのか?といったことについては書かれていませんでした。

 

最後に、少し個人的な感想なのですが、このAIと人間の違いという問題は、思考実験としては非常に面白いなど感じます。一昔前の、シンギュラリティ-理論が流行し、AI研究が大変盛り上がっていた時期には、人間の認識や脳の働きは、ニューロン間で発生する電気信号に還元できると考えられていました。

 

「人間の脳の働きが全て電気信号のやり取りに還元できる」これこそが、シンギュラリティーや汎用AIの理論の根拠になっていたわけです。

 

ですが、現在では、「やはり、人間と同じような能力を持つ汎用AIの実現は困難ではないか?」という議論が各方面が次々に出てきている。これはつまり、「人間の脳の働きは電気信号のみに還元できない」ということが明らかになってきているということでしょう。

 

つまり、汎用AIについて考えることは、そのまま人間について考えることでもある。これまでは、人間について考えるためには、サルなどの動物や、石などの物体との対比で考えるものだったのが、現在では、モノよりも高度な計算能力を持つという点で人間に近く、同時に、生命を持たないAIという新たな比較対象を持ったわけです。

 

なんだか、かなりまとまりのない文章になってしまいましたが、今後は、AIの技術の進歩とともに、今以上に人間や脳に関する理解も進んでいくのではないかなと思います。