今回は、「RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる」という本のレビューです。前回の記事(「「ザ・フォーミュラ~科学が解き明かした「成功の普遍的法則」~」レビュー~科学的成功法則研究」)に引き続き、自己啓発本のレビューです。

 

そのうち、しっかりと長編で、一冊の本をじっくり解説するような記事を書きたいなとも思っているのですが、最近はバーッと本を乱読してる感じなので、どうしても記事も雑然とした感じになってます。

 

今回紹介する「RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる」という本は、タイトルがそのまんま内容を示しているのですが、複雑な現代社会においては、専門バカよりも、多様で幅を持った知識や経験が強みになりますよ、という話。ビル・ゲイツ絶賛が絶賛し、2020年に「厳しい年だからこそ、読むべき5冊」に選出したとのこと。

 

この本の中で最初に紹介されるのは、ひたすらゴルフに打ち込んだタイガー・ウッズと、幼少期から、様々なスポーツを体験してきたロック・フェデラーの話。どちらも、世紀の天才アスリートだけれども、成長の過程は全く違ったということを説明しています。

 

近年では、マルコム・グラッドウェルが著書「Outliers」で紹介した「1万時間の法則」や、日本語では「やり抜く力」として翻訳されて紹介された「GRIT」の概念の流行など、早い段階からの専門特化こそが成功の鍵であると考えられてきたのですが、現実の世界では、タイガー・ウッズのような英才教育型の成功者は意外と少なく、世の中の成功者の多くは、フェデラー型とでも言うべき、曲がりくねったキャリアを経験していることも多いそうです。

 

まあ、これは当たり前といえば当たり前で、世の中の成功者が皆タイガー・ウッズのように幼少期から、ある分野で頂点を極めるためにひたすら修練を積んで成功するなんてことは非常に稀で、多くの人々は、学校に行って、社会に出て、様々な経験を積む中で、自分には何が向いているのかを見極めてから、物事に取り組むはずです。

 

ビジネス用語では、ピボット(pivot)とは、企業経営における「方向転換」や「路線変更」を表す用語として使われますが、上手くいかない、成功の見込みのないビジネスを見極め、思い切って方向転換することは成功するための重要な要素であると考えられています。

 

諦めずに、一生懸命頑張り続けることは個人のレベルでは、美徳であっても、ビジネスでは、従業員や家族を巻き込んで崖に飛び込むようなものなので、愚の骨頂です。ですが、おそらく実際には、個人のレベルであっても、時間と労力を浪費し続けるという点で、成功の見込みのない活動にいつまでもこだわり続けるのは、マイナスが大きいでしょう。

 

専門を早い段階で決定した場合、早くスタートを切ることで、キャリアの初期の段階には有利になりますが、様々な経験を経てから専門を決定する方が、自身の適性をより正確に見極められるため、時間をかけて専門を決定した場合でも、その不利は数年で挽回できるそうです。

 

この話を読んでなんとなく思い出したのが、若き日に戯曲作家を目指したというアンデルセンの話です。加藤諦三は、「後悔をした今が、幸福の始まり」という本の中で、戯曲作家としての失敗こそが、後にアンデルセンを真の才能に導いたとして、次のように書いています。

 

二八歳のとき、失恋したアンデルセンは、フランス、イタリア、ドイツなどに旅をする。そしてその旅行中に二つの不幸な出来事が起きる。

 

私はアンデルセンの専門家ではないが、ひとつは母親の死で、もうひとつは書いた戯曲『アグネーテと人魚』の不評であると解説されている。

 

しかし戯曲『アグネーテと人魚』が不評であったことが、長い目で見れば幸運だったのである。もしこれがそこそこの評価を得ていたら、彼は童話作家として大成していなかったかもしれない。好きな童話を書いていなかったかもしれないのである。

 

何が幸運で何が不幸かはそう簡単には決められない。懸命に書いた戯曲の不評が、アンデルセンを本当の才能に導いた。

 

私は、あまり偉人の伝記などは読むこともないのですが、おそらくこうした例はかなり多いのではないでしょうか。例えば、有名な例としては、思想家ルソーが、若き日には、音楽家を目指していたということが知られています。もし仮に、ルソーが音楽家としてそこそこの成功を得ていたら、思想家として、後世にまで読み継がれる書を著すことはなかったかもしれません。

 

ちなみに、キャリアの変更という選択は、こうした適性を見つけ出すという意味や、知識や経験の幅を広げるという意味の他にも、前回の記事で紹介した「ザ・フォーミュラ~科学が解き明かした「成功の普遍的法則」~」の内容や、一時流行した弱い繋がりといった考えからすると、人脈作りという観点からも興味深い意義が見出せそうです。

 

閉鎖的なコミュニティでは、発想の自由度が失われ、新しい情報やアイディアが得られにくいということが様々な研究で明らかになり、異業種での交流などの価値が喧伝されてもいるのですが、コミュニティの外部の人間とかかわりあうには、おそらく、自分自身が閉鎖的なコミュニティから飛び出すことが最も有効でしょう。

 

この本も、中々簡単にその内容の全容を紹介することはできないのですが、高等教育や個々人のキャリア形成、その他、企業の人材採用などの在り方に関しても再考を迫られるのではないでしょうか。

 

特に、日本では、社会人が高等教育で学ぶ機会が少ないということが度々指摘されていますが、自分自身の適性は、実社会で経験を積むことでしか見極められないとするなら、当然、社会人としてキャリア積んだのちに、再度大学に戻って勉強するということも、選択肢に含めるべきでしょう。

 

リンダ・グラットンが「LIFE SHIFT ――100年時代の人生戦略」の中で、マルチ・ステージという概念を提唱していますが、世の中の変化が激しくなり、人間が長寿化した現代においては、キャリアを一本の線としてとらえるのではなく、より柔軟かつ多様なキャリア形成というものを皆が考えるべきなのではないでしょうか