おじさんと小娘。
いつも人間が寝るのに苦労した。
あの日からもうひと月。
いまだに寝室でテンさんを探してしまう。
しばらくは寝室で眠れず、リビングで行き倒れるように眠っていた。
テンさん。
いつまでも一緒にいられると思っていた。
(猫又になるって約束したのに)
生涯、自由だった。
(わがままで、自分勝手で、暴君だった)
最初から最後までうちの王様だった。
(気遣いのできる猫家族に囲まれた結果)
いつも飼い主の足元で、身体を寄せながら眠っていた。その重さ、温かさ、毛皮の感触が恋しい。
帰ると必ず玄関で出迎え、一回身体をすりっとさせてから、「ゴハンくれ」と鳴いた声も恋しい。
一番長く寄り添い、一番心配をかけ、一番イラつかせた可愛い子。
本当に猫又になるって思ってしまうくらい、生命力に溢れていたのに。
長生きさせてあげられなかったのは飼い主の責任なんだと思う。
糖尿病と肥大型心筋症。
辛い病気を二つも患わせてしまった。
何でもしてあげたいと思っていたのに、すぐ退院できると言われていたのに、たった一週間で天使になってしまった。
あの子のことだから、いろいろ面倒になったのかもしれないけど、やっぱり飼い主の責任だと思う。
テンさんが入院してから、家に残ったハルキチとコトはゴハンを食べなくなった。テンさんの不調が発覚したのも食欲がなくなったことからだったので、本当に心配した。
おそらくはテンさんの匂いが残っているだろうキャットタワーから降りなくなったコトはそこでお漏らしをした。スプレー行為ではなかった。
離れ難かったのかなと胸が痛んだ。
ハルキチはテンさんが使っていた膝掛けにしがみつき、長いこと匂いを嗅いでいた。
二人とも結構な割合で殴られたり、蹴られたり、追いかけ回されたり、謂れのない恫喝を受けていたのに、それでも彼を家族と認めていたんだな。
テンさんは生まれたてでひとりぼっちになってしまったけれど、その後は家族みんなに愛されて、あるがままのテンさんで生き抜いてくれた。
それだけが飼い主の心の支えになっている。
ハルキチもコトも少しずつ食欲を取り戻し、ほぼ元に戻りつつある。
それでもみんな、テンさんを探してしまうのだ。
彼のお気に入りの場所。窓際や、キャットタワーや、寝室のベットの上。
いや。まだいつものように偉そうな格好で寝てるのかも。
いつもテンさんに遠慮していた二人はいまだにベットには乗らない。乗りたそうに足をかけるが、乗らない。
今でも彼は我が家に君臨している。
そう思える夜は少し嬉しい。
今日も空は抜けるように青かった。
久しぶりに眺めた気がした。
風はもう春めいていて気持ちが良かった。
きっとテンさんもそう思ったに違いない。
テンさんに追い回されて避難場所に逃げ込んだコト。どえらくお怒りです。
小娘とは、里子に出そうと思っていた彼女に情が移らないように付けた呼び名でしたが、あっという間に情が移ってコトと名付けました。
コト。とは小型特殊車両の略です。
テンさんが猫可愛がりをした結果、思った以上のパワフル娘に育ってしまったからですが、詳しくはまたいずれ。猫族の男の子が子育てするとは意外ではありましたが、なかなかのお父さんぶりではありました。