爆睡から目覚めると、そこはニューヨーク。
そう…
長旅の実感も無いままに、私を乗せた飛行機はニューヨークに到着した。
あれだけ酔っていたにも関わらず、機内食もしっかり食べ、後はガラガラの座席に横になり眠り呆けていたのである。
私は飛行機から降りると、他の乗客にくっついて歩いた。
キョロキョロとお登りさん丸出しで、空港内を見回す。
『ホントに着いたのかな?』
-着いたんだよ!アホ面してられるのも、あと数分だぜ…Baby(-_-;)v-
そして、いくつかのカウンターが横一列に並ぶ場所に着いた。
イミグレーションだ。
いよいよ『恐怖の三点セット』の効果が発揮される時が来たのである。
私は寝起きのアホ面を引っ提げ、入国手続きをする人々の列に並んだ。
『パスポートと…航空チケット…と…。』
私は入国手続きに必要な物を手元に用意した。
『えぇっと…渡航目的を聞かれたら何て言うんだったっけ…?』
-Sight Seeningだよ!Sight Seening!-
『あ!さいとしーんだ!』
-そう!そう!-
私の順番が来た。
必要な物を提示する。
カウンターの気難しそうな御面相のおじさんは、私が提示した物を眉間にシワを寄せながらチェックしている。
私はひたすら頭の中で『さいとしーん』を連呼していた。
しかし…他の乗客の三倍の時間が過ぎても、おじさんは私に渡航目的を聞いて来ない。
私は、急に不安になり、おじさんの眉間のシワを見つめた。
ようやく私の方に顔を向けたおじさんが口を開く。
しかし、おじさんが私に投げ掛けた質問は渡航目的ではなかった。
『☆§@*&#%※£?』
『え?』
『£※%#&*@§☆?』
英語が分からない…。
私は慌てて言った。
『さいとしーん!さいとしーん!』
おじさんの眉間のシワが深くなる。
おじさんが係員を呼びつける。
私は、別室に連れて行かれた…。
訳が解らなかった…。
広い部屋にポツンと一人座らせられた。
十分程待たされた。
『なんだよ…?なんだよ?』
-取り調べだよ(-_-;)-
暫くすると、おじさんとは比べ物にならぬ程に厳しい表情の女性係員が現れた。
彼女は私の手荷物を取り上げる。
そして、丹念過ぎる作業で荷物の中身を一つ一つ調べて行く。
『調べたって何も出て来るかよ』
私の感情は不安から怒りに変わりつつあった。
彼女は、散々…それこそ、友人がくれた御守りの中まで調べ尽くした。
そして言った。
『どうしてあなたは、三ヶ月のビザしか持っていないの?』
『………………………。』
『それに、どうしてオープンチケットなのかしら?帰国予定日が記載されてないわね?』
私は、いつ帰国するのか分からないのだから…と、帰りの日にちを指定しなかったのである。
滞在先がホテルではない事も怪しまれる原因になった。
私は、ようやく自分の置かれている状況を理解した。
当時のニューヨークは、不法入国者が非常に多く、入国管理はすこぶる厳しさであり、入国した後も、管理局が、不法に働く者達を厳しく取り締まっていた。
私は、そういう連中と見なされた訳である。
私が英語を理解出来ない為、取り調べは長時間に及んだ。
私が、知る限りの単語を並べた、英語とおぼしき言語を駆使し、単純に観光に来たのだと説明しても、彼女の疑いは晴れる所か、逆に深まる一方だった。
日本を発つ前に、ダンスの事については触れない方がいい!と、渡米経験者から固く口止めされていたので、あくまでも観光で来たと言い張った。
踊りのメッカ、ニューヨークを目指すダンサーは世界中から集まって来る。
そうしたダンサーの中には不法滞在者も多く、イミグレーションでのダンサーの印象は非常に悪い…と聞かされて来たのだ。
しかしお生憎様、私の場合、ダンサー云々の問題ではない。
それ以前の問題である。
私への取り調べを続けながら、彼女は更に私の手荷物を調べた。
『この手紙は何?』
例のM君からの手紙である。
『これから訪ねる友達からの手紙だよ。』
私は、狼狽えた。
この手紙を読めば、渡航目的が観光ではない事がバレてしまう。
『なんで、この手紙を持参してしまったのだろう!こんな事になるなら、手紙なんて持って来なきゃ良かった…。』
-悔いても、もう遅い…-
しかし、手紙は日本語で書かれている。彼女に分かる筈がなかった。
私がスカラシップを目指している事や、バイトする気満々な事など、絶対に知られてはならない!
しかし不運にも、手紙の中には、STUDIOの名前だけが英語で書かれていた。
はっきり『STEPS』と。
管理局員の彼女は、その文字を見逃さなかった。
『あたし、ステップスを知っているわよ。あなた、ダンサーね?』
『…………………………。』
どう乗り切ろう?
私は、焦った。
私が、どう答えようか?と、額から汗を流しながら思案していると…
『あ!ねぇ、あなた!』
と、彼女が誰かを呼び止めた。
私は彼女が声を掛けた方を振り返る…
と、開け放たれた部屋の外を通り掛かった、日本人とおぼしき、どこかの航空会社の女性地上係員の姿が目に入った。(私はもはや、頭に血が登り切っており、この時、脳溢血寸前だった為、日本人の彼女が、実際には何者なのか、正確には分からなかった。)
『ちょっと、この手紙、訳して下さる?』
呼び止められた係員らしき女性が部屋に入って来た。
彼女は手紙を受け取ると、黙読し始めた。
『もうダメだ!』
私は、到着したばかりのJ.F.K(ジョン F ケネディ エアポート)から、一路日本へ強制的に帰国させられる事を覚悟しなければならなかった…。
《続く》