OS☆U誕生前夜

 

 

2010年6月24日(木)午後11時

 

docomoのガラケーの着信音、ジュリーの「カサブランカダンディ」が鳴った。千聖のお母さんからだった。

 

「中村社長さん、今日はお時間をとっていただきありがとうございました、それで・・・」

 

電話の後ろで千聖の嗚咽を伴う泣き声が漏れ聞こえていた、それで家族会議の答えを察してしまう。

 

「家族でよく話し合ったのですが、どうしても主人の許しがでなくて。お声がけいただき娘も本当に喜んでいたのですが、今回はオーディションを受けることができません。本当に申し訳ありません。」

 

僕は現在に至るまで数百人のお母さまと話すことになるのだが、未だにこれほど明朗で丁寧な母親には遭遇していない。

 

「そうですか、とても残念ですが、仕方ないですね・・・」

 

 

 

2009年の年末にオーナーに提出した企画書「大須商店街発純正名古屋アイドル」の最終公開オーディションは大須夏祭りに合わせて大須観音のメインステージで8月1日に予定されていた。

WEB・ポスター・月刊デビュー・月刊オーディション・月刊Cheek・SpyGirl、他街頭でもチラシを渡して直接声かけをしていた

 

「純正名古屋アイドルのオーディションがあります『OSU24』にぜひエントリーしてください」

 

それまでにもハイレベルなメンバーが書類エントリーしていて随時説明会も開催していた。

 

すでにアイドルとして完成されている横地志保ちゃん、オーディションを受ければこの子は間違いなくトップ当選、初代キャプテンか。

 

将来はグラビアアイドルになりたいと夢を持つグラマラスな天然系高校生の智美ちゃん、自分が所属するラグビーチームの母体である高校なので学校内での評判も聞いていた。

 

元気者の伴かなみちゃんと瑛里香ちゃん。頭がよくて楽しい岡島さん、ヤンチャぽいのどかちゃん、そしてCBC創立60周年を記念して製作された堤幸彦監督のドラマ「おかげ様で!」のオーディションを通った高橋さん、小野さん。50人以上の応募者が集まった。

 

もっと、ほしい。

 

東京の大手事務所に対抗しようと思ったら圧倒的な「精鋭部隊」でなければならない。

 

分母は嘘をつかない。最低でも100人以上の中から勝ち残った者でないと精鋭とは呼べない。あとはバランス。ラグビーの組織論を応用するのなら、同じタイプの美少女ばかりでは面白くない、いろんなタイプのメンバーがいてユニットとして人気が出るしチームとして機能する。複数名記載できる公開オーディション形式ならばなおさら。投票者もいろんなタイプから選べる。ファン自体がプロデューサー目線で編成してもらえる。

 

あらゆるタイプの女の子、その中から勝ち残った子たちで形がゴツゴツしたユニットを作ればいい。

 

それには絶対に必要なのが「モデルとして活躍できるプロポーションをもつ美少女(2期生蝶野晶美の登場まで待つことになる)」と「王道の清純派」、アイドルのど真ん中を突き進む息をのむほどの美少女、未完成で、洗練されていて、知的で、明朗で。

 

 

そのピースが足りなかった。「清純派の王道」千聖はそこにズバリ当てはまる候補者だったのだ。

 

 

「本当に残念です、でも社長さんには素晴らしいチャンスを与えてくださり感謝しています。娘が大学生になったらご連絡差し上げるかもしれませんのでその時はよろしくお願いします。」

 

 

それでは遅いんだよなぁ・・・・・

 

 

僕は感じていた、時代が大きく動きはじめようとしている息吹を。新しい文化が誕生する鼓動を。

 

今なんだ、今始めないと・・・・と言いかけたが、喉の奥に押し込んだ。しつこく言わないのが僕のポリシー、スパっと諦める。

 

「ご家族でご検討いただいてありがとうございました。またいつかご縁があったらお会いしましょう」

 

と言って電話を切った。

 

しばらく携帯の画面を見つめて、少し視線を落として一旦鼻から息を吸って、それから口を窄めて息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

その日必然的にすべてが始まった

 

 

2010年6月1日(火)

 

公益社団法人名古屋青年会議所の特別委員会、委員長村瀬真司氏より大きな事業のコーディネーターを依頼された。

 

村瀬委員長を筆頭に仲間とともに人脈と体力をフルに使って名古屋JC設立60周年とCBC創立60周年を記念して地上波ドラマの制作が決定。

主演にはEXILE NAOTO、名古屋出身の若手女優水沢奈子、当時総選挙で大きくジャンプアップを成し遂げたSKE48の松井玲奈。監督には「20世紀少年」「トリック」「金田一少年の事件簿」などで日本映画界を牽引する名古屋出身の巨匠、堤幸彦。

 

その記念ドラマがいよいよこの日クランクインを迎えた。

 

初日、午前中、テレビ塔でのロケは順調に進み午後には地上で「手羽先早食い大会」のセッティングをしていた。

 

大がかりなロケなので見物客も多い。

 

午後4時ごろ

 

4人組の名門私立女子高の生徒がロケを遠くから見学していた。遠目にも分かる肌のとても綺麗な子がいた。

 

そこで後に森咲智美の引き抜き工作を画策し失敗する伊藤に指示をだした。

 

「ちょっとあの子たちに例のオーディションチラシ渡してきてくれないか」

 

すぐに伊藤が戻ってきて言った

 

「ダメですよ、ブスばっかですわチラシ渡すまでもないっすよ」

 

「声はかけたの?」

 

後で思えば僕はこの男を全く信用していなかった、言い訳は一流、手抜きも一流、仕事の精度は三流。

 

すでに4人組はいない警戒されたか

 

「どっちいった?」

 

「南です、中日ビルの方」

 

なぜ?と聞かれても自分でもわからない。今でも。ただ、なんとなく、僕はロケ現場を離れて南へ走り出した。

 

距離にして300mか?いや500m、走って追いかけていくと錦通りと広小路通りの間、中日ドラゴンズが優勝するとみんなで飛び込む噴水の前で女子高生4人組に追いついた。

 

(伊藤め、どこが全員ブスなんだ。やっぱりあいつ、ダメだ。)

 

「君たちS高校だよね、さっきロケ見てたよね?こういう業界に興味あるの?」

 

4人中3人は明らかに警戒している、何しろ知らない男が走って追いかけてきて声をかけられたのだからこれは怪しい。

 

ただ一人、肌の綺麗な色白の女の子だけが、体をこちらに正対して下を向いていた。

 

「ごめんね、突然声かけて、ビックリしたよね。これ、俺の名刺。もし興味あったらお母さんから電話してもらって」

 

色白の美少女は無言で少し頷いたように見えた。名刺も受け取ってくれた。そして制服の4人は無言で栄の雑踏に歩いて消えていった。

 

 

 

なぜこの時、あれだけ必死に走って追いかけたのか?と聞かれても自分でもよく分からない。運命の導きだったのか?必然だったのか?

 

僕は2017年のあの日こう思った。

 

 

もしかしたら、あのときZeppNAGOYAを埋め尽くした赤いペンライト、それを一心不乱に振り、大声で千聖コールをしていた1,000人の想いが、時間と空間を超えて僕に「走れ!俺たちの希望のために今、お前が走れ!」と命令したのではないのか?と

 

いずれにせよこれが

 

 

 

 

 

 

 

 

清里千聖2660日の伝説が始まる2カ月前。 

 

 

 

 

 

 

 

後に多くのファンに夢と希望と生きる活力を与え「名古屋の宝物」と称される伝説的美少女、清里千聖と僕の出会いの瞬間である。