2016/09/26 朝日新聞

 

日本に永住帰国した中国残留日本人孤児たち自らが、「中国残留孤児問題フォーラム」を立ち上げる。戦後71年が過ぎて社会に広がる戦争の記憶の風化への危機感が背景にある。孤児たち自身も70歳を超え、高齢化が進む。「自分たちの手で企画して、運営するのは、これまでにないこと。最後の機会だと思ってやりたい」。10月2日に墨田区内で開くシンポジウムへの参加を呼びかけている。
「最近は私たち残留孤児のことを知らない人もいる。戦後70年の昨年は報道もされたが、71年の今年は話題にもならない」。呼びかけ人のひとりで、世田谷区に住む中島幼八さん(74)のそんな思いがフォーラム設立のきっかけだ。
「自分たちで何かできないか」。全国の孤児たちを幅広く知り、活動を続けてきたNPO法人中国帰国者・日中友好の会(事務局・台東区)の理事長、池田澄江さん(71)に相談。池田さんも呼びかけ人になり、2人で企画を進めてきた。
今年はまず中国人養父母たちへの育ての恩に報いる声をあげることに決めた。「敵国のこどもを育てた中国人養父母」をテーマにしたシンポジウムを開く。
著書「この生あるは」で養父母との日々を記した中島さんが基調報告をした後、日中協会理事長の白西紳一郎さんらがパネル討論をする。司会は残留孤児2世で首都大学東京教授の大久保明男さんが務める。孤児たちによる舞踊劇「中国のお母さん」や楽器演奏、独唱などもある。
中島さんは「養父母がいなければ私たちはいま生きていない。敵国の子どもを育てた彼らのことを日本の人たちに広く知ってもらいたい」。池田さんも「私たちは日本人です。日本人は恩を忘れない、恩返しをするということも伝えたい」と話す。
2人は、フォーラムとして毎年、テーマを変えて、孤児たちの歴史や体験などについて継続的に訴えていきたいとしている。
シンポジウムは午後1時からで、会場は墨田区横網1丁目の江戸東京博物館大ホール。パネル討論には満蒙開拓平和記念館専務理事の寺沢秀文さん、映画監督の羽田澄子さん、中国「残留孤児」国家賠償請求訴訟弁護団で幹事長を務めた安原幸彦弁護士も登壇する。
シンポジウムに先立ち、午前10時からは、「残留孤児の父」といわれた故山本慈昭さんの半生を描いた映画「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」が上映される。入場料は午前・午後共通で千円。問い合わせは中島さん(090・9146・8008、ny8008@nifty.com)。(編集委員・大久保真紀)


★「敵の子育てた存在、未来に光」 ドラマ「大地の子」出演・仲代達矢さん
中国残留孤児を描いたNHKドラマ「大地の子」に出演した俳優の仲代達矢さんがフォーラム設立に際し、メッセージを寄せてくれたという。メッセージは以下の通り。
庶民は常に戦争の犠牲となるものだ。私の父は太平洋戦争が始まった年に亡くなり、一家は貧乏のどん底を彷徨(さまよ)い歩いた。そして、幾度となく米軍の空襲にもあった。子供時代のそういった悲惨な体験を通して、攻める側にも、攻められる側にも、決して戦争は幸福をもたらさないことを知った。「国」という不可思議なものの思惑や駆け引きで戦争は起こったりもするが、その国に住む普通の人々にとっては、たいてい良いことなどないのである。最後の悲しいツケだけが廻(まわ)って来るに過ぎない。そうした「普通の人」に返ったとき、たとえ言葉は通じなくても、また肌の色が違ったとしても、人間は人間を思いやる感情が体の底から湧くのである。
日中間の戦争の傷痕は癒やすことの出来ない過酷なものだが、その中でも、敵国日本の子どもを育て上げた中国人養父母の存在は、われわれ人間の未来に何かしら一条の光を投げかけるものではないだろうか。
【写真説明】
「孤児である私たちの手で企画、運営します」。打ち合わせをする池田澄江さん(右)と中島幼八さん=台東区、池永牧子撮影

永住帰国者らフォーラム