皆さんはルーブ・ゴールドバーグ・マシンをご存知ですか
別名ピタゴラ装置。
ボールを投げて、鍋やらフライパンやらに当てて、最後は紙コップに入れる、というような動画を見たことありますか?それですそれ。
去年ハマってたドラマ『MIU404』をふと見直していて、その話がでてきたんです。
覚えている方もいらっしゃるかと思います。
「人はいつも何かのスイッチで進む道を間違える。誰かと出会うか、出逢わないか。この人の行先を変えるスイッチは何か。」
物語では、二手に分かれた犯人のどっちを追うのか?!
それによって次の展開で、もしあの時もう片方を追いかけていたら…!と想起させる流れとなっており、うまいなー!!!と唸ってしまいました。
(興味のある方は、神回と名高い6話をご覧ください)
でもこれ、客観的に視聴者目線で見ることは出来ないですが、私たちの日常に溢れてることですよね。
もし雨が降らなかったら
もし京都に住んでいなかったら
もしあと10歳若かったら
もしコロナでなかったら
もしこの道で工事をしていたら
もし電車に乗遅れていたら
もし電話で怒鳴ってる人とすれ違っていたら
ピタゴラ装置の障害物のように、
それがあるから
もしくは
それがないから
その次の展開となる。
あともう少し角度が違っていたら、そのずっと先はまた全然違うものになっていたのかもしれない。
そうした『障害物』との接触、それを『ご縁』というのだと思うのです。
私たちの人生は『ご縁』で出来ています。
自分で決めたと思ってることも、無数の『ご縁』によってそのようになっているのです。
ボールがその地点で、そのような角度・強さではねるのと同じように
起きたこと、起きなかったこと、その全ての『ご縁』で私たちの人生は出来ています。
もし今、自分が苦しいとしても…
今の私は、私のせいでそうなったのではないのです。
意識、無意識に関わらず、お互いに『縁』として関わりあるのだから、人は孤独になんてなれないのです。
これが必要な人の『ご縁』となることを祈って。