(劇評・12/9更新)「舞台に開いた希望」大場さやか | かなざわリージョナルシアター「劇評」ブログ

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本ブログは金沢市民芸術村ドラマ工房が2015年度より開催している「かなざわリージョナルシアター」の劇評を掲載しています。
劇評を書くメンバーは関連事業である劇評講座の受講生で、本名または固定ハンドルで投稿します。

かなざわリージョナルシアター「げきみる」2週目の参加団体は、星稜高校演劇部+星の劇団であった。星稜高校演劇部は、1年生と2年生合わせて約40名もの部員を抱える、大所帯の演劇部である。星の劇団は、星稜高校演劇部出身者からなる団体で、今公演が正式な旗揚げとなるそうだ。

まずは星稜高校演劇部の作品『Show the umbrella』(作:池端明日美、演出:酒井陽、吉川真広)から上演された。舞台には、大きな長方形の白い枠がある。このセットにはキャスターが付いていて動かすことができる。上演中、演者達によって何度か向きを変えられていた。長方形の長辺の上手側には棚が、下手側には長いテーブルが備えつけられている。

そこに先生(酒井陽)と、生徒(西岡花)がやってくる。生徒は赤点の常習者らしく、追試に備えて先生に勉強を見てもらっている。教科は世界史。生徒は、なぜ外国の歴史なんか学ばなければならないのだとぼやく。そのぼやきに対して先生は、歴史を学ぶことの重要性を説いていく。

先生は「庶民」の力について生徒に話し始める。庶民が歴史を変えてきたのだと。権力者に抵抗した庶民の力の大きさを彼は語る。話はインド、そしてローマ、中国へと移る。生徒は先生の説明で歴史を垣間見ていく。それぞれの国で起きた歴史の一部分を、大勢のキャストがテンポ良く演じる。それを観る観客も、生徒と共に歴史に触れることができるように作られている。

先生の指導の甲斐あってか、生徒は歴史への興味を深めていく。そんな折、準備室に不審な人物が現れるようになる。先生は、国に不都合な情報を発信していると疑われていたのだ。やがて連れ去られてしまう先生。彼を取り戻そうと、生徒たちは集う。その手に傘を持って。

この話の舞台は日本であろうという思い込みに、徐々に疑問符が付けられていく。小出しにされる情報に翻弄されながらも、そこがどこであるかに気付く頃、物語はラストシーンを迎える。生徒達が国の弾圧に抵抗して集う姿は、香港で起こった雨傘革命をモチーフとしたものだ。政治に関するテーマを高校生が扱うことに、危うさを感じもした。それが押しつけのものではないのか、危惧してしまったのだ。だが、政治とはどこか遠い世界の話ではない。生活のそばにいつだって政治はある。誰もが、もちろん高校生だって、無関係ではいられない。今回の芝居を演じるにあたって、高校生達は事件についてよく考えたことであろう。大勢の生徒達の手によって、舞台いっぱいに広げられた傘が印象的だった。

演劇部の上演が終わり、20分間の休憩の間に、舞台の転換がなされる。白枠の長方形のセットは、長辺の方が観客側に向けられた。棚とテーブルの上の備品を入れ替え、テーブルのそばに4脚のスツールが置かれる。下手には丸テーブルが2つ設置された。

星の劇団『Who label the rums』は、バーを舞台にした会話劇であった(作:池端明日美、演出:星の劇団)。バーテンダー(齊藤真之介)は本を読んでいる。そんな彼にウェイトレス(松本梨留)は店の準備を促す。やがて常連の記者(米山綾杜)がやってくる。そこに、観光客達を連れて、ガイド(儘田奈由多)が到着する。

彼ら4人の会話から、この店にはかつてヘミングウェイが立ち寄り、モヒートを飲んでいた、という歴史があると明らかになる。舞台はハバナ。バーテンダーと記者とウェイトレスは現地の人間だが、ガイドも大学時代をバーテンダーと共にしていたことが判明する。彼女はただのガイドではなさそうだ。そして記者も。ウェイトレスはお金を貯めて外国に行きたいという。外国に憧れる気持ちを持つ者がいて、自国の未来について考える記者がいて、自国と他国の関わりを作り出しているガイドがいて、自国で静かに留まっていたいバーテンダーがいる。

様々な要素が次から次へと現れ、一体この話は何を書こうとしているのかを懸命に追っているうちに、物語は、バーテンダーによるヘミングウェイの『老人と海』の朗読で終わった。彼らから何か声高な主張がなされたわけではない。先に上演された『Show the umbrella』との関わりで読み解くならば、歴史や自国についての思いが共通項として挙げられる。離れた二つの国の関連は見出せなかったが、いつの時代も、国をめぐる策略は進み、歴史は変わっていく、ということなのか。

2作の脚本は演劇部の顧問によるものだ。しかし、伝聞だが、演劇部では、まず生徒にどんな作品を作りたいか聞いてから、脚本が作成されるそうだ。生徒にとって身近な、自分の周りだけのことではなく、広く世界に、遠い歴史に目を向ける。そこから得た知識や思いを芝居にする。誰かに何かを届ける創作を行うことが、高校演劇の目的の一つでもあるが、その何かについて追求し、自己の中での理解を深めていくのもまた、高校演劇の目的ではないか。今回の題材に挑んだ生徒達に、歴史は多くのことを語りかけただろう。