平成23年司法試験予備試験 その1 憲法 | 憲法の流儀~実学としての憲法解釈論~

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真夏日のような暑さが続き,夏の到来を感じさせます。
昨年の夏休み,水着で学校へ行き,誰もいない自習室で机や椅子でバリケードを作りながら水鉄砲を撃ちあっていたのが懐かしいです。

新司法試験受験生の企業法務志望の方は,就職活動が大詰めの頃と思います。
私も,いくつかの説明会,個別訪問に参加しましたが,実務家の方は魅力的な方が多いです。

さて,本日は,久しぶりに記事を書こうと思います。
題材は,昨日実施された司法試験予備試験の憲法の問題です。

1 概要

本問は,国立法科大学院が,入学定員の1割について女性の受験生を優遇する入学者選抜制度の是非を問うものです。具体的には,国立A法科大学院が,入学定員200名のうち180名に関しては性別にかかわらず成績順に合格者を決定し,残りの20名に関しては成績順位181位以下の女性受験生のみを成績順位合格させるという制度を創設したところ,男性であるBは,成績順位181位で不合格となった,という事案でした。

主要な論点は,積極的差別是正(アファーマティブ・アクション)に関する憲法14条1項の審査基準です。その他,当該制度を無効とすることでBは入学できるか,入学者選抜の制度構築は大学の自治であるとして司法権の介入をどの程度認めるべきかも問題となり得ます。

類似の事件としては,入学者選抜における人種的少数者に対する優遇制度が問題となったGrutter v. Bollinger, 539 U.S. 306やGratz v. Bollinger, 539 U.S. 244というアメリカ合衆国の事件が挙げられます。

2 形式面
設問1は,Bの弁護士の立場から,訴訟選択,憲法上の主張を,設問では,原告側の憲法上の主張とA法科大学院側の憲法上の主張との対立軸を明確にした上で,あなた自身の見解を述べなさい,というものでした。旧司法試験のように「憲法上の問題点について論ぜよ」として,特定の立場のみを問うものではなく,新司法試験のように,複眼的思考が求められています。ただし,新司法試験が「あなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい」と問うていることと比較すると,「対立軸を明確にした上で」としていることから,何が争点となるかを端的に指摘すればよく,深い反論までは求められていないでしょう。

3 内容面

(1) 設問1

Bとしては,A法科大学院で勉強をしたいと考えているため,A法科大学院に対して,①2008年度入学試験不合格処分の取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)及び同試験合格処分の義務付け訴訟(同法3条6項2号)を併合提起すること,②同取消訴訟及び合格者という公法上の地位の確認訴訟(同法4条後段)を併合提起すること,③不合格処分が無効であることを前提に,同地位確認訴訟を提起することが考えられます。③は不合格処分が無効であるとの主張は現実的ではないこと,②は合格者たる地位は合格処分がなければ得られないことから,①が妥当でしょう。

※ 補足(2011年7月20日追加)
訴訟選択は議論があるところです。
群馬大学医学部を受験した主婦が,合格点に達していたにもかかわらず,面接試験で落とされたとして,年齢による差別だと主張して,入学許可を求めた事件(群馬大事件)では,民事上の請求として扱われています(東京高判平19・3・29)。
具体的には,出願は,懸賞広告契約類似の無名契約であると構成しています。
その上で,入学許可は試験合格のみならず各種費用の納付が必要であることを指摘して,請求を退けようとしています。
他方,合格の意思表示を求める請求と構成できるとして,民事上の請求として実体判断をしています。
本件も同様に扱うことができるのではないかと思います。
そうすると,不合格処分の公定力はなくなるため,合格の意思表示を求める請求,地位確認請求も可能になります。

ただし,この場合,出願が契約の申込みである以上,本件制度は契約内容にすぎません。百里基地訴訟を参考にすると,この場合は私人間効力の問題となるでしょう。民事請求であるが憲法は適用される,という論理は少し落ち着きが悪いように思います。
そうすると,日産自動車事件を参考に,平等違反の議論を組み立てることになるでしょう。




憲法上の主張としては,まず,当該入学者選抜制度は,性別を基礎とした合理的理由のない差別であり,憲法14条1項に反し違憲・無効であることを主張することが考えられます。具体的には,差別が憲法14条1項後段列挙事由の「性別」に基づく「疑わしい区別」であるから「厳格な合理性の基準」を適用するべきであると主張することが考えられます(性別は人種と異なり,肉体的・条件的差異があるため「厳格審査基準」は妥当しないというのが,学説の趨勢です。)。その上で,「法曹界における女性の増加」は正当な目的ではあるが,①【参考資料】によると昭和60年から法曹人口に占める女性の割合は増加していること,②女性の割合が低いのは差別があるためではなく,女性が男性よりも法曹を志望しない点に起因することから,当該目的を促進するべき立法事実は存在せず,重要な目的とはいえないと主張することになるでしょう。

次いで,当該制度が違憲無効であるならば,成績順位181位以下200位以上が合格であるから,Bは合格していることを主張することが考えられます。

(2) 設問2

第1の対立軸は,当該入学者選抜制度がアファーマティブ・アクションとして「合理性の基準」が適用されるか,という点でしょう。
アファーマティブ・アクションとは,差別が長年にわたって行われていたことを是正するものであるところ,法曹界ではそのような差別があったという事実はありません。また,アファーマティブ・アクションについて緩やかな審査基準を適用するべきであるとの主張の理由は,逆差別については多数派が民主制の過程で是正することができる点にあります。法曹を目指す男性が民主制の過程に訴えることは困難ではないため,原則どおり「厳格な合理性の基準」が適用されると考えるべきでしょう。

第2の対立軸は,入学者選抜の制度構築は大学の自治に属するものであるから,司法権の介入をどの程度認めるべきか,という点でしょう。
前提として,入学試験は部分社会に入るか否かを決めるものですから,内部処分と異なり,部分社会の法理は妥当しません。大学が国民の学習権を実現するものであることに照らすと,国立大学がどのような生徒を採用するかは,まったくの自由裁量ではなく,大学の設置目的に沿った形でなければなりません。また,学問に関する専門技術的裁量を尊重する理由もありません。それゆえ,大学内の内部人事,施設管理,学生管理等と異なり,大学の自治を尊重するよりも,司法審査の介入を通常通り認めることが,裁判を受ける権利の観点からも妥当です。

第3の対立軸は,多様性を考慮することが重要な目的といえるか,という点でしょう。
法科大学院は新司法試験の受験資格を付与するものであること,研究機関であることから,学力による選抜が原則となります。しかし,法曹が多様な人々とかかわる職業であることに照らすと,多様性の確保は重要な要素です。また,法曹界で女性が歴史的に差別されていないとしても,日本の人口比率に比べて女性の志望者が少ないことから,「法曹界における女性の増加」は,重要な目的であるといえます。さらに,受験生の男女比が2対1であることを考えると,成績順位が181位以下の者について入学定員の1割のみを優先枠とすることは,相当性を有するといえます。

なお,「本来合格水準に到達しない女子学生を合格させてしまうことになる。そのような者が新司法試験に合格する可能性は低いのであるから,実効的な手段といえず,目的と手段との実質的関連性は存しない。」とのあてはめがあり得ますが,目的は「法曹界における女性の増加」であるため,手段との関連性のうち,因果関係としての適合性は概ね問題ありません。
問題の核心は,①女性を理由に優遇することの是非,②優遇の程度の是非です。

以上より,合憲との結論を導くことができます。

4 総評

本問は,近年の事例を題材にして,訴訟選択,救済方法,対立軸を考えた上で,基本的知識の深い理解を問う良問であったといえます。