見えないレベルから見えるレベルへ。 | 精神療法士ミミネコのブログ:Let there be light     

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地球が光溢れる場所になることを願って。

先日ご紹介した、チベッタンヒーリング という本に書いてあり、なるほど、確かにそうだ、と改めて思ったこと。


ものごとは、はじめは見えない繊細なレベルで起こり、それがだんだんと形をとって目に見えるレベルで現れる。


アメリカで、多くの重度の精神病患者を診てきた経験から、ミミネコは、心の問題を長い間抑圧したまま、対処しないでいと、かなりの確率で、体に異常をきたす、ということに気づきました。


なので、心と体は相関関係にあるけれど、どちらが先かというと、心の問題がまず最初にくるのだと思います。


目に見えない、意識レベルでバランスが崩れると、やがて心が病む。それを放置していると、最終的には体を病む。


「チベッタンヒーリング」によると、目に見えないレベルで起きた問題は、ヒーリングや祈祷等の目に見えない繊細なやり方で治すことができるが、目に見える荒いレベルで疾患が起こった場合は、手術などのもっと具体的なやり方が必要になることが多いそう。


確かにそうなんですね。


ケガや病気の人を、ヒーリングとか祈祷だけで治そうとするのは、無理があると思う。そういうのも、場合によってはある程度、何らかの効果があるのかもしれないと思いますが。


物事が起こるプロセスというのも、そもそもは、目に見えないレベルで始まります。


例えば、先日、ミミネコはある人からリンゴの煮たのをおみやげにもらったのですが、目に見え、手で触ることができる、このリンゴの煮たのも、もとは見えないレベルが発端です。


まず、作り手が、「ミミネコになにか、おみやげを持っていこう。リンゴの煮たのにしよう。」という愛情に満ちた意識を持ちます。


その目に見えない意識が、一定の過程を経て、最終的には、リンゴの煮たの、という具体的な創造物に変化します。(ちなみに、このリンゴの煮たのは、作り手の純粋な善意を反映して、とてもおいしゅうございました。)


そういうことをちゃんと説いているチベット文化は、すばらしいなと思います。


チベットの叡智は、シャンバラからもたらされたといわれていて、おそらくレムリアにも関係していると思います。さすが、奥が深いです。