福山雅治の名曲「桜坂」の桜坂に行ったら、まさかの発見が!! | 西方見聞録(旧パリレポート)

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2015〜2020年パリ、2020年4月に本帰国しました。帰国後も”これは!”と思うものを探し、レポートしています!!

先週末、満開を迎えた東京の桜。

しかし先日の雨風で、

だいぶ散ってしまい、

今は桜吹雪がきれいな状況。


毎日YouTubeの動画編集を

中目黒にあるカフェでやってるのですが

(家だとできないため)


そんなわけで、中目黒の

目黒川沿いに咲く桜を見る毎日で

一回咲き始めをパシャリと撮って

インスタにアップしたら


タイに住む友人から

「毎年目黒川の桜見に行ってて、

今はタイだから行けないので、

毎日撮ってアップしてほしい!」


というリクエストがあり、

毎日通う所だし、

では!

と毎日桜の様子を投稿。

(もしよかったらインスタも覗いてみてください!)

https://www.instagram.com/le_vagabond_in_tokyo/

インスタのリンク


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と言うわけで、

最近桜の写真をパシャパシャ撮ってるわけですが、


そんな中、今日車で走っていると

たまたま通ったのが

「桜坂」という名の通り。


ん?あれ、まさか!?!?


と思って、調べると

やはり!


そう、あの福山雅治の名曲「桜坂」の桜坂!

「揺れる木漏れ日 薫る桜坂」の桜坂!

桜坂に架かる橋「桜橋」

まさに桜のトンネル。
めちゃきれいです!
めちゃきれい! そりゃ福山雅治も歌を作りたくなりますわ!

ウィキペディアの情報ですが
福山雅治はデビュー前、
この「桜坂」の近くに住んでいて
当時の思いなどを綴ったものだそうです。

もう満開は過ぎていて
桜がひらひらと舞い散っており
それがほんとに美しい!

キレイだなー、と写真を
パシャパシャ撮ってると、
ふと見かけたのがこちら。
旧中原街道の説明板です

え!?!?

そーなんだーーーー!!!!!びっくりびっくりびっくりびっくり

って、普通の人が見たら、
「は?中原街道??知らんわ」
となると思いますが、

この中原街道(旧中原街道)、
街道マニアの自分にとって、
一番心躍る街道の一つ!

え?なんで??

となると思いますが、
その理由は、

この中原街道、
東京で最も古い幹線道路

だからです!!

古いって、100年ぐらい前からある道?

いやいや!!
中原街道は1000年以上、
いや恐らく1400年近く前からある道。

1400年前と言えば、飛鳥時代。
聖徳太子の時代。

東京に街が建設され始めたのは
江戸時代から。
つまり、400年ほど前から。

それまで東京の地、つまり江戸の地は
湊としてはかなり
重要な地でしたが、

街ではなく漁村や農村が
広がるだけの街。

そんな土地なので
もちろん道は
ほとんど発達していなかったのですが

そんな中にあって、
古代から江戸を縦断する
重要な道だったのが
「中原街道」なのです!

現在の東海道が成立するのは
江戸時代から。

その前、古代から
江戸の地に行くための道が
「中原街道」でした。

徳川家康が豊臣秀吉に
寒村の江戸、
ボロボロの江戸の城に
移動を命じられ

部下たちを引き連れて
江戸に来るため歩いた道も
「中原街道」です。

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そんな中原街道、
今はもちろん整備が進んで
太い道路になってしまっていますが、

たまーに
太い道路の「中原街道」に沿って
細い、昔ながらの「旧中原街道」が残されていて、

そんなものを見つけると
テンションが上がるのですが、

そんな中で出会ったのが
「桜坂」の「旧中原街道」の説明板。

「桜坂」は「旧中原街道」にあったんだ!

ということは、
この坂を徳川家康も通ったわけです。

家康だけでなく、
奈良時代の人たちも
平安時代の人たちも
鎌倉時代の人たちも
室町時代の人たちも

みんな通ったわけです。
「桜坂」何百年もここに存在する古道です

桜がいつから植えられたかは不明ですが、、、

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街道マニアとしては、
この「旧道」というのが
心をくすぐるもので、

「旧道」を見つけると
ついつい古くからの痕跡を
キョロキョロ探してしてしまうわけです。

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この「中原街道」、
先程書いたように、東京で
最も古い幹線道路ですが、

今はどうなってるのかと言うと、
都心部においては多くが
国道一号のルートとなっております。

上の田園調布本町にある「桜坂」を通り
武蔵小山→五反田→白金高輪→三田→
東京タワー下→飯倉→神谷町→虎ノ門→皇居

というルートをとります。

面白いのは、
都心部のルート。
このルートができた当時、
まだ江戸城(皇居)はなかったので、

別にこんなに内陸部を
通らなくても、良かったはずなのですが、

そうしなかったのは、
このルートより右側はかつて
海だったから!です!

もっと正確に言うと、
当時の海岸線より
少し内側の微高地の部分を
ルートに採用しています。
江戸時代前までは、こんな感じでした

つまり中原街道は
都心部においては、
海沿いの道だったわけです。

今では、東京のど真ん中にあった海は
完全に埋め立てられ
全く想像できないですが、

その痕跡を示すのが、
この東京最古の道、
中原街道のルートなわけです。

面白いですよね!

ちなみに中原街道は
現在はこんな感じです。
道幅はかなり太く、立派な幹線道路です

現在の中原街道は、
五反田付近で国道一号と分かれますが
現在の中原街道の起点(終点)

実は、分岐地点の直ぐ側に
「旧中原街道」が残されていて
ちょっと散策してみました!
旧中原街道。旧道はだいたい、道幅が細く、うねうねしてる

旧道で見つけたもやっとスポット

品川村、って書かれてます😄

青空ガラクタ屋みたいです

こうゆうモヤモヤスポットが
旧道の楽しみ(^^)

また旧道を歩くと
よくお地蔵様に遭遇します。
昔の史跡をよく見つけることができます

旧道巡り、めちゃめちゃ面白いし
発見が多いので
皆様もぜひやってみてくださいませ!

それでは!