アーユルヴェーダのデトックスな生活

アーユルヴェーダのデトックスな生活

2014年秋にスリランカで本場のアーユルヴェーダを体験し、効果を実感!日々のアーユルヴェーダ実践生活をつづっています。

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瞑想のセミナーに行ってから早3週間が経ちました。

セミナーに行く前は、毎朝10分間の瞑想(自己流)をしていましたが、

セミナー後は毎朝20分にしています。

 

相変わらず、瞑想中に頭の中ではいろいろな映像や言葉、

過去にあった出来事や将来起こるであろうことの予想(妄想か?)

などが、駆け巡ります。

 

が、ここにきてちょっと変化があったような感じがしています。

 

頭の中にいろいろな映像などが思い浮かんでくるのは

今でもなのですが、その映像や言葉などが

「薄くなっている」

という感じがしているのです。

 

3週間前に20分瞑想を始めたばかりのころは、

頭の中に現れる映像がくっきりクリアな、ビビット(?)な

ものでした。

でも、先週くらいから、その映像がぼんやりとするというか、

色や輪郭がぼやっとしているようなのです。

 

いまでも頭にそうした雑念が浮かぶたびに

「呼吸、呼吸」

と言い聞かせて、呼吸に集中するようにしています。

うまくいく時で5呼吸くらいは集中できますが、

1回、2回でまたすぐ別の映像やら言葉やらが

浮かんできてしまうこともしょっちゅう。

 

でも、3週間前に比べて、この20分の経つのが

早く感じられてきているのも事実です。

 

相変わらず、集中力は続きませんが、

「毎日20分座る」

ということだけでも続けていきたいと思います。

週末は仕事がないので、ゆっくり集中して瞑想に取り組むことができる、と思い、昨日の土曜日は朝と夕方40分ずつ座りました。

しかし、相変わらず頭のお喋りが絶好調で...ニヤニヤ
私の場合はお喋りというよりも、映画上映が言葉的には近いです。
次から次へと頭のなかで絵(写真?)が現れては消えていきます。以前はお喋りに近かったかな。ああでもない、こうでもないと色々な言葉が頭のなかを駆け巡っていたような気もしますが、最近は完全に絵(写真)です。

絵が現れるたびに、「あ、呼吸に集中しよう」と意識を戻し、腹式呼吸でお腹が膨らんだりへこんだりするのに意識をむけて、呼吸を数えるのですが。

正直、5回も集中できません笑い泣き
さらに落ち込んでしまうのは、頭の片隅で数は数えているのだけど、もう片隅で別の絵を見ているのに気づいたとき。

私、なにやっているんだろう?

って思いますねゲッソリ

でもまあ、セミナーでも
「最初は1回も数えきれないものですよ」
「三回数えられれば5回できる、5回できれば10回できて、気づけば30分、1時間と続けられますよ」
といわれたから、こんなものでしょう。
ずっと集中できてはいないとはいえ、40分も座っていられるようになっているだけでも御の字。

まだまだ先は長いです。

昨日寝る前と今朝目が覚めてすぐ、瞑想をしました。

 

が、なんだか一昨日と違って、頭の中をグルグルグルグル

いろいろな映像がとっかえひっかえまわります。

本当にどうでもいいようなこと。

 

前の日に作った麻婆豆腐を中華麺の上にのせたところ

とか

仕事場で電話が鳴った直後の様子

とか

電車の中で、目の前に立った人の様子

とか

喫茶店で隣のテーブルにいた人が話をしている様子

とかチーン

 

なんなんだ?

 

そのたびに

「呼吸、呼吸」

と言って(頭の中で)

呼吸に集中しなおすのですが、

頭の中のお喋り(映画上映)が激しいときは

呼吸に集中したと思った瞬間に

また別の映像が頭の中を巡ります。

 

調子よく瞑想できているときは

頭の中のお喋りが始まっても、すぐに呼吸に集中できますが、

こんな日はいくら呼吸だけに集中しようとしても

すぐにどうでもいい映像に引き戻されてしまいます。

そして、その映像がだんだん長くなり、

次から次へと場面展開し、

意味のないストーリー(?)が作られ

「ホント、バカなんじゃないのはてなマーク

っていうくらい、どうでもいい映像が

頭を占めてしまうのですね。

 

なかなか一朝一夕にできるようにはなりませんな。