富士山世界遺産 | ゆとり世代フットボーラー

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ゆとり世代のサッカー選手丸山龍也です。
ゆとり世代っぽく、自由に楽しく素直に縛られず更新してます。

もう世界遺産ってなんじゃらほいってぐらい増えちゃいましたが、富士山もとうとう世界遺産として認められたようですね!!!


富士山と言えば、妹のチャリンコで富士山まで行き、頂上まで登って御来光を見て、降りて、再びチャリで帰ってくる弾丸一人旅に高2でトライした旅が思い出されます(笑)

出発前に色々買ったら、所持金も3000円とか4000円ぐらいしかなくて、節約してたのに5合目からのバスで1500円ぐらい取られて、富士山下山したら所持金はほぼゼロで、やばくてやばくてとかなんとかで。
帰りはTカードのTポイントで食い繫いで、体力温存のために着払いで家に荷物を送って帰ったのを思い出します(笑)


片道は大体100km。
行く時に道を間違えたんですけど、地図を見たらあんまりズレてなかったので、「これ戻らなくても大丈夫そうだな」と思い、ルートを変更。
そうしたら、見ていた地図が実は日本地図レベルの適当な地図で、結局120kmぐらいに走行量が増えて富士山に行きました・・・。大ダメージ。

よく考えたら富士山は巨大な山です。山梨に入ったぐらいから上り坂が続き







「そろそろ下るだろ」
「そろそろ下るだろ?」
「そろそろ下りだろ・・・はあはあ・・」
「これを登り切ったら下りな・・はず・・・だ・・・」
「次のカーブが過ぎたら今度こそ下るだろ!?!?!?!」





なんて思ってたら気が付いたら富士山。
最初に、そろそろ下るだろ!!!!????と思ってから5時間ぐらい登ってたということがありました(笑)

富士山ほどでかい山だと、山梨入った瞬間ぐらいからふもとだったんだねええええ




結構過酷な一人旅で、所持金もなく、チャリンコもしょぼくて(何せ妹のチャリ)、知識もなくて(バスで金あんなに取られると思ってなかった)、持ち物も少なく(頂上寒すぎて、道中雨降った上に汗びしょびしょだから死ぬかと思った)、地図もなく(当時はスマホなんかなくてガラケー)、根性だけで乗り切ったあの旅は今でも思い出です。


山梨の超森の中でわけわからん道を走ってて、1時間ぐらい人に会わなかった時は
「ここで事故ったらガチで死ぬんだろうな・・・」なんて思ったのを覚えてます。

帰り道なんか、所持金0だったから、足でも攣ったらマジで終わりだと思いながら死ぬ気で走ったな・・・。


ついでに恐ろしい恐怖体験とかもして、本当に充実した0泊2日でした(笑)




でもひとりで全部やったというのは本当に大きな自信で、今でも何か落ち込んだりした時に、ふと富士山が見えたりすると

「俺はあそこまでひとりで行ったんだ!(しかも妹のチャリだし金ないし)」

と思い、勇気が出て来たりします。





人生で一番良い経験だったと言っても過言ではないかなーーー。ひとりだったのがいいね!!!!!!!!!!!!



そんな富士山が世界遺産に認められて、富士山に勝手に親近感を持ってる私は、誇らしい気持ちでいっぱいッス。




次は横浜から歩いて行ってみたい!富士山。