一般社団法人体力メンテナンス協会認定
産後ケア・バランスボールインストラクター
体力指導士のうおえかおりです。
息子がもうすぐ2歳。
出産してもう2年かぁ。なんて
ふと、自分の産後を振り返ってたら
私が産後をこじらせた原点って
出産の時なのかもって気付いた。
私は今、インストラクターとして
産後ケアを広げるべく活動をしてる。
でも、私もクラスに来てくださる
皆さんと同じ、一人の母親であること。
産後は今思えば産後うつだったのかな、
と思うほど酷かった時もあった。
インストラクターとしての部分だけじゃなく、
一児の母としての部分も
少しお話しさせてください。
お付き合い頂ければ幸いです。
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私は約2年前、息子を出産しました。
初めての妊娠、出産。
妊娠中はだんだん大きくなっていく
お腹が愛しくてたまらなかったな。
出産予定日に近づくにつれて
自分の子に会える楽しみな気持ちと
出産に対する不安な気持ちが
ごちゃまぜに押し寄せた。
そして
予定日2週間前。
産道が狭いから、なるべく早く
生まないと。
あんまり遅くなると
帝王切開になるかも。
と先生。
そう言われたときはもうショックで。
え!そんな!
ここまで来てなんで・・・・・。
経過はありがたいことにずっと順調だったし、
当たり前のように自然分娩で産めると
思ってた。
息子はのんびり屋さんで、
結局39週になっても
全然生まれる気配なし。
でも先生もなるべく
自然分娩で生ませてあげたいとの想いから
陣痛促進剤を使うことに。
その前に赤ちゃんの心拍を測りましょう、
と計測し始めたら・・・・・
息子の心拍数は80くらいまで落ちていました。
通常新生児の心拍は約130~150くらい。
半分近くに低下していた為
結局緊急帝王切開となりました。
それはもうバタバタで。
なんの心構えもなく、
されるがままに手術台へ。
あの時のひんやりした手術台の冷たさは
今でもよく覚えてる。
素っ裸で
はりつけにされたような感覚。
あの惨めさ。
看護師さん、助産師さんたちの
慌ただしい雰囲気。
何が起こってるの。
息子は大丈夫なの?
なんで、
やっとあと少しで会える、
ここまで来てこんなことに・・・・・
お願いだから無事生まれてきて!
手術への恐怖感なんかより
息子のことで頭いっぱいだったな。
息子の産声を聞いたとき
本当にほっとした。
息子を顔の横まで
連れてきてもらって
息子の頭の温かさを頬で感じたとき。
涙が勝手に溢れでた。
あー生きてる。
そう思った。
麻酔のせいなのか
顔もむくんで、
目もしっかり開けられなかった。
やっと会えた我が子を
抱きしめたかったのに
それも叶わず。
すぐに全身麻酔に切り替わり、
目が覚めたときは
部屋へ運ばれるところでした。
これがわたしの出産。
思い描いていた出産とは
とおく、遠くかけ離れてしまった。
旦那さんの立会いのもとでのお産。
カンガルーケア。
出産直後の初めての家族3人の写真。
どれも叶えられなかった。
だけど。
息子が無事生まれてきてくれた。
それだけでもう充分だと思った。
でもね。
今でもある想い。
できることなら、
自然分娩で産みたかった。
きっとこれは
帝王切開で出産された多くの方が
感じることなんじゃないかな。
帝王切開になったから
そういう気持ちも知れた。
今ではそう感じます。
つづく。