子宮頚癌に対する新しい子宮温存手術後の妊娠予後 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

初期の子宮頚癌(0期~1a1期の多く)では、子宮頚部の円錐切除術によって部分的に悪いところを摘出することで妊娠の可能性(妊孕性)を残した治療が可能です。しかし、それ以上進んだ早期の子宮頚癌(1a1期の一部~1b期)では、広汎性子宮全摘術が行われることが推奨されており、妊孕性を残すことができません。腹式広汎性子宮頚部摘出術(radical abdominal trachelectomy, RAT)は、このような方に子宮を温存できる新しい治療です。子宮頚部にある癌の部分とその周辺だけを広く摘出して、子宮の本体と膣を繋ぐ手術です。本論文は、RAT後の妊娠では、体外受精を含めた不妊治療(妊娠治療)を要することが多く、妊娠中は予防的頚管縫縮術を行い早産リスクを低下させることが必要であることを示しています。

Hum Reprod 2013; 28: 1793(日本)
要約:2002~2010年にRATを行った114名の方(25~40歳)の妊娠予後を後方視的に検討しました。手術の適応は、子宮頚癌の進行期分類、1a1期の中で脈管侵襲、癒合浸潤が認められる方(9名)、または1a2期(12名)、および1b期(93名)の方で目視による計測または円錐切除術組織標本、MRIで腫瘍径3cmを超えない測定可能病変を有する方としました。手術時点で結婚されていた方は44.7%(51/114)で60.5%(69/114)の方が術後の妊娠をトライしています。観察期間中に25名、計31回の妊娠が確認されました(25/69, 36,2%)。不妊治療を要したのは全体の38.6%(44/114)、妊娠を目指した方の63.7%(44/69)でした。妊娠された25名の妊娠までの期間は平均32ヶ月、17名は体外受精で、1名は人工授精で妊娠に至りました。4名は子宮頚管閉塞のため、胚移植カテーテルが挿入できず、経子宮筋層的に胚移植しました。4名は早期流産(妊娠10週まで)、1名は中期流産(20週、破水)、5名は妊娠継続中、21名(全例)は帝王切開にて分娩しました。このうち4名は24~28週、2名は29~31週、11名は32~36週、4名は37以降の分娩となりました。1名は前置癒着胎盤のため輸血を必要としましたが、子宮全摘術までの必要はありませんでした。妊娠経過では、破水(7/22, 31.8%)や早産(17/21, 80.9%)が極めて多くなっていました。この理由は、手術によって摘出した子宮頚管の短縮により胎児を育てられるサイズに限界があることと感染防御機構の低下によると考えられます。予防的頚管縫縮術を行わなかった2例では破水による早産(24週と26週)に至り、超低出生体重児(1000g未満)を出産しています。そのためその他の方では全例に予防的頚管縫縮術を行い、頚管長は10~15mmに保たれていました。

解説:本論文は私の母校である慶応義塾大学からのものです。広汎性子宮全摘術は婦人科の手術の中で最も難易度が高い手術ですが、RATは広汎性子宮全摘術の内容をこなしながら、子宮体部を残すため手術中の視野が極めて狭く、さらに難易度が高い手術です。1997年に最初の報告があってから日本でも取り組みがなされ、慶応義塾大学や九州大学などで行われています。単一施設からのRATでは本論文が最多数の報告になります。産婦人科のチーム医療としては、腫瘍チーム、生殖チーム、周産期チームの全てのチームが最高レベルの医療を協力して行って初めて成り立つ医療で、大学病院以外での実施は不可能である極めて高度な医療です。

向井亜紀さんは、2000年に本疾患で子宮全摘術を行うことになり、2003年に代理母で生児を得ました。子宮頚癌はパピローマウイルスによって起こるウイルス性の癌です。性交によって感染するので、性感染症(STD)のひとつに分類されていますが、性交経験のある多くの女性がパピローマウイルス感染を受けた経験があると考えられています。多くは自然にウイルスが消えていますが、10%の方に異常な細胞が見られ、4%が前癌病変になり、最終的に0.1~0.15%(毎年1~1.5万人)が子宮頚癌になります。毎年3,500人程度の女性が子宮頚癌により亡くなっています。子宮頚癌は、生殖年齢の世代に多い癌であり、誰でも子宮頚癌による子宮摘出の可能性を秘めています。ワクチンの副作用のみが大きく取り上げられていますが、ワクチンの目的は予防ですので、メリットとデメリットを冷静に判断することが必要ではないでしょうか。こちらに、よくまとめてありますので、参考までにご参照ください(NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会)。

以下の記事も参考にしてください。
2013.3.28「パピローマウイルスは男性不妊に関連」
2013.4.8「ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンとは」