2支線区での待避(追い抜き) 陸羽東線鳴子 1978.10.02改正 1730D | やわやわとまれ♪の鉄道雑記帳(時刻表やら車両運用やら構内配線やら)

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 常磐線や水戸線、磐越東線、磐越西線、東北本線など現在のJR水戸支社、東北本部(仙台)管内の路線を中心に鉄道信号や標識、配線、運転、車両運用について書きとめていこうと思います。

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支線区での待避(追い抜き)【その2】は、1978.10.02改正の陸羽東線鳴子駅です。

 

1730D[奥羽本線真室川→(陸羽東線経由)→仙台]は、鳴子駅で、急712D千秋2号[秋田→(陸羽東線経由)→仙台]を待避します。

1730D 鳴子10:27-10:50(上1)が23分停車している間に、

急712D 鳴子10:36-37(上本)が先行します。

ダイヤ図面を見ると、1978年10月改正当時、陸羽東線の主要な停車場(横軸が太い線)は川渡だったのですね。これ以前、SLが運転されていた頃に、小牛田側の補機の連結が行われていたのが川渡でした。主要な停車場が川渡から鳴子に変わったのは、いつなのでしょうか。JR化のころかな?

 

 鳴子駅配線略図(KASAさんご提供)で、1978.10.02改正当時の待避(追い抜き)を見てみましょう。

 同じホームに着発するので、乗り換えはたやすかったと思います。相互に乗り継ぐ乗客はどのくらいいたのでしょうか。

 

鳴子の配線ですが、1978年10月頃は上り出発2L、上り場内5Lの進路はなかったのではないかと思います。上り列車で下本着、下本発の列車はないですし・・・。

 

この待避(追い抜き)は1980.10.01改正でも行われていました。その次の1982.11.15改正でなくなっています。1982.11改正は東北新幹線が本格開業して、仙台→秋田のメインルートが盛岡乗換の田沢湖線経由となり、陸羽東線経由の急行千秋が廃止されました。

 

ダイヤの訂補日(1979.10.01)に合わせて、それ以後の弘済出版社の大時刻表1980年4月号を開いてみたところ、陸羽東線は「1979年10月1日【改正】」と記してありました。訂補じゃない! 交通公社の時刻表1979年10月号でも【改正】。旅客列車の時刻は1978年10月改正と変わっていないようですが、どのような改正だったのでしょうか。

 

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