全家連((財)全国精神障害者家族会連合会)という組織を覚えていらっしゃるだろうか。

 2007年に破産してしまったので、記憶が薄れている方(あるいはまったくご存じない方)も多いのではないかと思う。しかし、その後継団体として生まれた「みんなねっと(公益社団法人全国精神保健福祉会連合会)」といえば、ああ、と思われる方もいると思う。

 2007年の全家連破産の原因は、1991年、厚生省(当時)が全家連に持ち込んだ一つの構想である。即ち、栃木県のハートピアきつれ川(保養授産福祉施設)の経営を厚労省から持ち込まれたものの、経営が破綻してしまったのだ。

 この建物の総工費の大部分=8億円余は借金である。そして、その返済計画は、年4000万円、期間20年間というものだった。

 当初から無謀な計画と見られており、事実、経営は赤字続きで、全家連としてはどうにも首が回らなくなってしまった。そうして追い詰められた全家連は、禁じ手である補助金に手を付けてしまったのだ。

 全家連にはたとえば2002年、国から13臆円を超える補助金が出ている。これを返済に充てたため、「補助金目的外流用事件」として新聞沙汰となり、ついに破産という形で幕が引かれた。

 この事件については、本澤二郎氏の『霞が関の犯罪 「お上社会」腐食の構造』に詳しいが、今回ブログでこんな昔の事件を取り上げたのは、本澤氏の本の中に「一枚の写真」がおさめられ、そこにある人物が写っていたことを思い出したからである。

 なぜ思い出したかといえば、その人物を先日youtubeで久しぶりに目にしたからだった。精神医療被害者の弁護に熱心なI弁護士である。

 私も何度か、取材中の事件の原告側弁護士としてお会いしたことがあるが、偉ぶる様子もなくソフトな話しぶりに、意外と言っては失礼だが、ちょっと驚いた。

 全家連事件はすでに15年も前の話だが、本澤氏の本の中では、I弁護士、私の印象とは裏腹に、いやはやどうしてなかなかの暗躍ぶりなのだ。

全家連と製薬企業の癒着

 現在では統合失調症に限らず、双極性障害、はたまた発達障害の人にまで気軽に処方されるようになった抗精神病薬、オランザピン(ジプレキサ)とリスペリドン(リスパダール)の承認をめぐる物語である。

 イーライリリーとヤンセン協和(当時)。

 この二つの外資系製薬企業が日本に新たな抗精神病薬――それまでは副作用の強いとされている「定型抗精神病薬」しかなかったところに、新しい「非定型抗精神病薬」(ジプレキサとリスパダール)を、副作用が軽い薬として売り込み攻勢をかけてきた、その経緯がたいそうな内容なのだ。

 アメリカ等ではよく使われる手法だが、まず患者団体を取り込んで、患者団体に薬の宣伝をさせる。その手法がこの非定型抗精神病薬の承認に関しては日本においても大々的に行われた。

 患者団体とはもちろん前述の全家連である。(近年同様の手口として、ADHD薬の宣伝を患者団体である「えじそんくらぶ」が担っている)。

 この外資系製薬企業は、全家連に多額の寄付(千万単位)や接待攻勢をかけて、まず全家連を手なずけた。手なずけられた全家連は非定型抗精神病薬(とくにイーライリリーのジプレキサ)の早期承認のため、厚生労働大臣と有力国会議員に陳情を行い、要望書を提出しているのである(1999年)。

 ヤンセン協和もイーライリリーに続けとばかりに全家連にこれでもかと寄付を行い、両者はまるで寄付合戦をしているかのような動きを見せたと本澤氏の本には書いてある。

 こうして外資系製薬企業と全家連(の一部役員)の癒着が生まれた。全家連には厚労省の補助金が入っているし、さらに厚労省からの天下りも多いため、結局、製薬企業と厚労省の癒着も生まれた。

 全家連からの要望を受けて、厚労省はジプレキサを早期に承認することとなった(要望の翌年2000年に承認)。承認の前には、海外からの情報としてジプレキサによる副作用死亡の例がすでに複数届けられていたにもかかわらずだ。さらに、その承認とともに死亡記事を伝える新聞記事もごくごく小さい扱いであった。そのため、製薬企業とメディアの癒着も想像に難くない。結果、厚労省は、死亡と副作用の因果関係がはっきりしないというイーライリリーの報告をそのまま発表して、承認してしまったのだ。

 マスコミと製薬企業の癒着ということでは、本書に次のような記述がある。(引用、187頁)

「念のためこの企画(=2001年4月20日の読売新聞一面にヤンセン協和の大きな広告が出ており、そこに「メンタルヘルス東京フォーラムのご案内」がある。その企画のこと)の主催者はヤンセン協和ではなくて、なんと、かのナベツネの読売新聞だ。講演が厚生労働省。協賛のところでヤンセン協和が登場する仕掛けになっている。……広告も企画もすべてヤンセン協和が大金をはたいている。この時点でヤンセン協和は、巨大マスコミとお上(厚生労働省)を抱き込んでしまっていたことが分かるのである。おまけが後援に名を連ねた団体だ。厚労省のほかに日本医師会、日本家族計画協会、日本精神神経学会、日本精神病院協会、日本臨床精神神経薬理学会とくつわを並べている。なんのことはない。厚労省天下り組の団体である。」

 現在多くの患者に処方されているジプレキサとリスパダール。実はその承認の裏には患者不在の驚くべき癒着が存在していたというわけだ。

 まあ、製薬企業の一つのビジネスモデルなどと受け流すわけにはいかない。ことは命に関わること。癒着でおいしい汁を吸う人がいるその陰で、医師の安易な処方の末に副作用に苦しむ患者がいることを忘れてもらっては困る。 

承認へのお礼の大名旅行 

 全家連が厚労省にジプレキサの早期承認を求める要望書を出したその3か月後の1999年7月。日本イーライリリーは、全家連の幹部をシカゴで開かれたアメリカの「NAMI」という家族会の大会に、旅費その他丸抱えで招待している。その中にあのI弁護士もいた。I弁護士は全家連の常務理事・顧問弁護士でもあった。

 さらに、翌々年2001年、すでに1996年にリスパダールの早期承認を得たヤンセン協和は、そのご褒美にといわんばかりに、I弁護士をはじめとする全家連の幹部を、またしてもワシントンDCで開かれたNAMIの大会に招待している。

 前述の「一枚の写真」とは、このとき撮られた集合写真のことだ(本書171頁に掲載)。全家連の幹部やヤンセン協和の職員たちが食事を済ませたあと、丸テーブルを囲むように並んだ右端にちょこんと座ってうっすら笑顔を見せているI弁護士がいる。これは、全家連と外資系製薬企業の癒着の果てに現在大量に処方されるようになった「非定型抗精神病薬」が承認されたという証拠写真ともいえるものだ。

 大名旅行が実施される前、全家連がNAMIの大会への参加者募集の資料を配布している。その資料によると、まずI弁護士など3名が当会合で発表すると公表しているのだが、そのあとの文言がすごい。

「非定型抗精神病薬の開発メーカーである日本イーライリリー株式会社、ヤンセン協和株式会社の援助により」とスポンサーを公然と明かし、そのうえで費用として「航空券、ホテル代は日本イーライリリー、ヤンセン協和が負担します」と堂々書かれているのだ。もちろん航空機はビジネスクラス。ホテルは一流ホテルである。これでは癒着を自ら吐露しているのも同然だが、すでにもうそれくらい倫理観が麻痺していたということか。

 金まみれの製薬企業の接待攻勢、そこに何の違和感もなくのっかってしまう患者団体幹部たち。背後には厚労省の存在もある。

 ある厚労省の役人が次のように証言していると本書にある。(以下引用、204頁)

「全家連事務局は腐敗している。一種のたかりだ。薬屋をスポンサーにして海外旅行している。欧米のイーライリリー、ヤンセンだ。薬で精神障害は治らないのにだ。それを承知で厚生省は認可している。これは大変なことだ。はっきりいって今の厚労省には、やる気のない職員しかいない」

 じつはこうした事実を表に出して、本澤二郎氏に本を書かせたのは、全家連専務理事の荒井元傳氏がいたからだ。何とか全家連を本来の正しい方向に向かわせようとしていた荒井氏は、全家連幹部にとっては目の上のたんこぶだった。そこで策を講じて、彼を全家連という組織から追い落としたのだ。そこに手を貸したのもI弁護士である。

 いやはや、何という暗躍ぶりか。あの柔和な顔のどこにこんな悪だくみが潜んでいるのか。

ともあれ、荒井前専務理事が解任されたことで、事の成り行きを事細かに「メモ」していた荒井氏のそれが表に出て、全家連の悪だくみが白日の下にさらされることになったわけだ。

 それにしてもI弁護士。Youtubeでは、新たに精神医療分野に足を踏み入れた有名弁護士の取材を受け、「患者の味方」ふうの演出に余念がなかった。いや、もともと柔和な人である。すでに15年も前のこと、時効といったところだろうか。

 が一方で、本書に書かれているような倫理観の薄さ、権力志向、お金大好きといった癖は、人間そうそう簡単に治るものではないと思う。

 が、さらにもう一方のことを言えば、精神医療問題を受任してくれる弁護士。その数の少なさを考えると、当事者・家族にとってはたいへん貴重な存在であるのもまた事実だ。