彼女いない歴=年齢・26歳の彼女できるまで日記






 素敵だ!

 豪気な世の中になったぞ!

 ……内儀(かみ)さん、おい、

 朝餐(あさめし)だ朝餐だ!……



  フォルスタッフ





 *





【カロリー①~アンチ・ヒーローのでぶ~】

《シェイクスピア『ヘンリー四世』

 &『ウィンザーの陽気な女房たち』》




@文学における

 最大にして最悪の

 太っちょは、

 フォルスタッフなのではないか。

 シェイクスピアの生み出した

 <偉大なる>臆病騎士。

 貪欲で、知恵が働き、

 陽気で、多弁、ほら吹きで、

 寄食者とののりられながらも、

 誰にも模倣することができない

 フォルスタッフ。

 浮気現場から、

 汚い下着とともに籠に詰めこめられ

 運び出され、

 果ては

 老婆の扮装をしてたたき出される。

 ショーペンハウアーの

 止め処なく、

 わきあがる、どろどろとした

 意志の世界が、

 いま高カロリー高脂肪の贅肉をつけて

 戦場を往く。





【カロリー②~不条理のでぶ~】

《スワヴォミル・ムロジェク「笑うでぶ」》




@でぶの家は、

 でぶで、みちみちている

 (もちろん家自体でっぷりとしている)。

 買い物にいくでぶ。

 ペンキを塗る2人のでぶ。

 枝を刈り込む3人のでぶ。

 ローラーをひく4人のでぶ。

 料理をする5人のでぶ。

 みな一様に体を揺すり、笑っている。

 地球儀も風見鶏も、みな、でぶだ。

 もちろん、犬もでぶ。

 でも、家の奥の奥の方にいたのは、

 <やせこけて筋張った男>。

 なるほど、

 不条理のトポスを形作るのに

 なにも毒虫になる必要はないのだ。

 わたしたちの日常は

 でぶという不条理にみちみちて

 いるではないか。

 ある朝、めざめると

 わたしは、でぶになっている。





【カロリー③~装置としてのでぶ~】

《レイモンド・カーヴァー「でぶ」&

 「ダイエット騒動」》




@ある日、レストランに

 でぶがやってくる。

 プフップフッて

 音なんか立ててる。

 でも、ウェイトレスの「彼女」は

 でぶに出遭ったことで

 人生が変わり始める。

 「彼女」の人生は

 いま変わりつつある。

 でぶは語る、

 私だってもし選べるものなら

 太らないでいたい、と。

 近代小説の装置は鉄道だったが、

 現代小説は装置としてのでぶを

 発見する。





【カロリー④~肥大する自己意識のでぶ~】

《ウディ・アレン「肥満質の手記」》




@アレン風味の『地下室の手記』。

 アレンの再帰的な饒舌さと

 ドストエフスキーの饒舌さには

 たしかに通ずるところがある。

 アレン自身は、やせっぽちだけれど、

 『カメレオンマン』では

 立派な太っちょに変身。





【カロリー⑤~モードとしてのでぶ~】

《ミゲル・ド・セルバンテス『ドン・キホーテ』》




@このスペインの

 「やせノッポとちびデブ」の二人組みの

 系譜が、ローレル&ハーディへ、

 そしてボヤッキーとトンズラーへ

 つながっていくのではないだろうか。





【カロリー⑥~待っているでぶ~】

《サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』》




@日本のゴドー上演はそうではないけれど、

 海外のゴドーは、

 でぶとやせで演じられてきた系譜が

 あったようだ。

 現代小説は出来事が起こらず、

 物語も進まないため

 キャラクターたちが

 太っていっても

 しようがないと思われる。

 ちなみに

 ゴドーには髭が生えているそうだが、

 でぶかどうかは知らない。





【カロリー⑦~妖しいでぶ~】

《竹原春泉「寝肥(ねぶとり)」『絵本百物語』》




@妖怪として

 認定されてしまったでぶ。

 でぶ、というのは

 意味論的にも此岸と彼岸の境を

 うみだしてしまうのだろう。

 妖怪とは、此岸からの

 視線が醸成していくものだ。

 現代にはびこる「寝肥」は

 みごとに資本主義と結託し、

 市場の妖怪になってしまった。





【カロリー⑧~病めるでぶ~】

《作者不詳「肥満の女」『病草紙』》




@こうみてくると、

 でぶも極めて記号論的な課題

 だとわかってくる。

 医学とは、

 名別し、差異化し、

 解釈していく点において、

 記号論的実践の謂いに他ならない。





【カロリー⑨~オノマトペのでぶ~】

《モーロア『デブの国とやせっぽちの国』》




@デブ都。デブサハラ砂漠。

 タラフク大公。プー元帥。

 ズングリ伯爵。デカデブ32世。

 肥えたオノマトペの酒池肉林。





【カロリー⑩~物語の肥大(でぶ)化~】

《ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』》




@でぶる権力。でぶる睾丸。

 将軍の丸焼き。少年二千人の爆殺。

 多面化するモノローグ。

 マジック・リアリズムとは

 日常を、日常のままに

 肥大化していくこと

 だったのだろうか。

 百七年以上百三十二年未満の

 大統領の孤独。

 刻(とき)も孤独も太っている。





【処方上の注意】

《フランツ・カフカ『飢餓術師』》




@太っちょ文学を読みすぎて、

 文学メタボになったひとは、

 上記のものをのみくだすとよい。



 *



 ……さ、さ、

 何か面白い唄を!

 もう大分晩いや。

 寝ようぜ。

 な、忘れてくれるな、

 おれが居なくなったからッて



  フォルスタッフ







彼女いない歴=年齢・26歳の彼女できるまで日記