以下の論文が、2017年3月30日英国科学誌「Nature」に掲載されることがニュースになりました。そしてプレスリリースが3月31日に公開され詳細が明らかになりました。
英文タイトル:“Visualization and Targeting of LGR5+ Human Colon Cancer Stem Cells”
タイトル和訳:LGR5 陽性ヒト大腸がん幹細胞の可視化とその標的治療
単なる基礎研究段階で、現在の化学療法、がん治療にはまだ無関係なのだろうと思っていましたが、実際に読んでみると、「現在の化学療法の謎解き」と「かなり近い将来の化学療法戦略」がイメージできました。
上述論文を先ず読んで頂きたいのですが、私のイメージヒントを以下に抜粋しようと思います。
図1:LGR5を発現するヒト大腸がん細胞の可視化に成功した
正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し、自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す(自己複製)とともに、寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を作ります。
幹細胞だけが発現する遺伝子として LGR5 が考えられており、分化細胞は KRT20 という遺伝子を発現します。
大腸がんも、正常な組織と同様に LGR5 を頂点とするヒエラルキー構造を持ち、LGR5 を発現するがん細胞と KRT20 を発現するがん細胞から構成されていることがわかっています。
LGR5 幹細胞を殺傷した後に KRT20 発現がん細胞の系譜解析を行うと、LGR5 発現がん幹細胞への”先祖返り”(脱分化)が観察され、腫瘍増大に寄与することがわかりました。
これらの結果から、完全にがん幹細胞を除去しても、分化がん細胞が次から次へと新しいがん幹細胞へ復活するために、がん幹細胞治療のみによるがんの根治は難しいことがわかりました。
図3:既存治療薬とがん幹細胞標的治療の併用治療モデルでは劇的な効果を実証した
セツキシマブ投与による治療ではがん幹細胞が残存し、治療の中止後にがんが再発するためと考えられました。
一方、セツキシマブ投与の後にがん幹細胞標的治療を行うと、腫瘍の著しい縮小が確認されました(図3)。
既存のがん治療薬とがん幹細胞標的治療を組み合わせた場合によってのみ、根本的治療の開発への道筋が示されました。
私の所感
1.がん幹細胞が残存するから、完全奏効した場合であっても抗がん剤の投与を中止すると、再度腫瘍が大きくなる場合が多いことは周知の事実でしたが、今回がん幹細胞以外のがん細胞が残存していても、逆にがん幹細胞が作られてしまうことが分かりました。
ミツバチコロニーで、女王蜂ががん幹細胞だとして、巣箱に存在する全ての女王蜂と女王蜂候補を排除したとして、働き蜂が残っていれば、残存する働き蜂になるはずだった非常に若い幼虫や卵に、ロイヤルゼリーを与えて女王蜂を作ってしまうようなものです。
これはミツバチの世界では現実に発生することです。実際にはもっとしぶとく、女王蜂、女王蜂候補、幼虫、卵を排除した場合であっても、働き蜂の中から女王蜂もどきが誕生し、産卵を試みますが不良のため、結局そのコローには消滅してしまいます。
このミツバチのたとえ話が、がん治療とイメージ的に共通することが不思議です。
2.術後補助化学療法の微小転移への作用機序を大胆に想像することが可能かもしれません。
私の場合、Stage Ⅲb(リンパ節転移6個)で原発巣である大きな直腸癌を切除し、術後補助化学療法(XELOX療法)を完了して、その3ヵ月後に最初の3mm弱の肺転移がCT検査で発見され、更にその8ヵ月後位に2個目の3mm弱の肺転移が発見され、その後切除しました。
原発巣切除までに、がん細胞が血行性では主に下部直腸から直に肺へと流れ、またリンパの流れに沿って傍らのリンパ節6個に転移したと考えられます。
原発巣が上下部直腸だったために、肺がフィルターの役目をしたと想定されます。他の部位の大腸がんは肝臓がフィルターの役目を担うはずですが、漏れもあるでしょう。また転移したリンパ節の先にもがん細胞は漏れ流れていたと考えられます。
大きな原発巣から大量のがん細胞が放出されたはずですが、先ずその多くが自滅や体の防御機構により消滅したと思われます。
そして残存し漂着したがん細胞が、がん幹細胞を形成する前に、オキサリプラチンを含む術後補助化学療法を行うことで、より効率よく駆逐することができたと推測します。
抗がん剤が届きにくい部位では駆逐できず、あるいは抗がん剤投与前に、がん幹細胞を含む微小転移が形成された後だったために効かず(あるいはがん幹細胞自体が漂着したため??)、肺での微小転移が大きくなり、CT検査画像に顕在化したと推察されます。
私の場合は、もしXELOX療法をやらなかったら、切除不能となる再発となった可能性が高いと思います。
これらのことから、術後補助化学療法として、既存のオキサリプラチンを含むFOLFOXやCapeOX(XELOX)に、がん幹細胞標的薬を加えたレジメンが実現されるかもしれません。
3.近い将来の化学療法戦略として、がん幹細胞標的薬以外の抗がん剤を用いたり、あるいは放射線療法を併用したりして、まず完全奏効(CR)、または完全奏効に向かうような部分奏効(PR)を達成し、腫瘍縮小効果を確認した後に、がん幹細胞標的薬を更に投入し、根治を得るというようなイメージがわきます。
4.大腸がん幹細胞標的とした薬剤として、現在のところ候補が3つあります。
・ ナパブカシン(BBI608) 臨床試験中
・ NCB-0846 前臨床試験
・ スルファサラジン 胃がんや肺がんでの臨床試験が終了したが、あまりパッとしない結果だったらしい
詳しくはソースと関連情報をご参照ください。
ソースと関連情報
○ 大腸がん幹細胞標的治療モデルの開発に成功-がんの根治治療の開発に期待-:[慶應義塾]
○ 【プレスリリース】大腸がん幹細胞標的治療モデルの開発に成功-がんの根治治療の開発に期待- | 日本の研究.com
○ 大腸癌の進展 転移 イラストでみる大腸肛門病 飯原医院.com
○ がん治療標的としてのがん幹細胞と標的薬剤の探索 | 公益財団法人がん研究会がん化学療法センター分子生物治療研究部 馬島 哲夫
○ 大腸がん幹細胞を抑制する新規化合物を創出 << 国立がん研究センター
○ カルナバイオサイエンス株式会社 - IR情報 | 株主通信 第14期報告書(2016年1月1日~2016年12月31日)
○ がん幹細胞経路阻害剤:ナパブカシとアムカセルチブの最新情報|大腸癌(直腸癌)とある患者の所感