スイミン愚物語 スポーツマンヒップ 3 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

29歳の秋、女子社員から「船長さん・・泳げるの?」と言われた。

「何でまた?」と聞くと、「だっていつもクルーに、飛び込め~!行け~!と言うばかりでデッキでタバコ吸っていたし、誰も泳ぐのを見たことがないから、ひょっとしてカナヅチではと噂が・・」。

「おバカものめ、船長が泳げなくてど~すんだ、俺は速い」と言うと疑惑の眼差しが。

「うっそお~信じられない~」と、またギャル語で。

「試合に出て勝ったら何を出す?」と言うと、「市民水泳大会ですか?」とバカにする。

「バカタレ、正規の県大会だ」と言うと、また例のギャル語が飛んできた。それでつい・・「わかった、もし県ごときで優勝出来なかったらウイスキーの一本くらいくれてやる」と言ってしまった。

「え~!本当ですか?面白~い!」と言うから、「その代わり勝ったら逆だ、よこせよ」、そう言うと「そんなバカなことあるはずないでしょ!」とウイスキーをもらったような顔をしていた。

スピーカー女だからどうせ話は広まるに決まっている。

案の定、この賭けに社内で30人の参加者があり、全員最初から勝った気分のニコニコ顔で参加してきた。

同期の友人までが参加、「お前が泳ぐのを一度も見た事ないし、そんなタバコばかり吸って県で勝てるはずがない」と4本も賭けてきた。

「おい、悪い事は言わん、二本にしとけ、必ず勝つから」、そう言うと渋々承知した。

指定したスコッチウィスキーが一本3300円だったから、合計10万円・・顔が引きつった。

来年の夏だと国体予選を兼ねた実業団水泳大会の参加可能なレースは30歳以上の50mになる。クルーに優勝記録を調べさせたが何とかイケそうだ。

クルーは「船長、本当に出るんすか~?やめておいたほうが・・」と同情の眼差しで見る。彼は部下になり同じ船に乗って5年目だが、潜水は見ても一度も真面目に泳いだのを見た事がなかった。

「勝つと言ったら勝つ、ウィスキーもらう!」と言うと、「最後にプールで泳いだのは?」と言う。

「高校の時以来泳いだ事がないから12年前だ」と答えると、「やはり・・やめておいたほうが・・」。

「余計な心配せずにちゃんと名簿作っておけ、お前が回収するんだ、半分やる」と言うと、「半分くれるって・・もし負けたら半分払うんですか~?」。

「バカタレ、負けることなどない、やる前から払う心配してどーすんだ」。

ウィスキーの話は伏せて会社に話をすると、快く日水連と県水連の登録費用を負担してくれた。

これで後には引けなくなってしまった。

一人だけの水泳部は寂しいからクルーも登録してエントリーさせることにした。

1レースのエントリーフィは500円だった。

「え~!平泳ぎくらいしか出来ないっすよ!」と嫌がるから、「アホウ、ポーズだけじゃ、当日棄権すれば良い、一人だと格好が悪かろうが」。

それから年が明けるまで何もしなかったが、やはり・・スイミングクラブへ行く事にした、ウィスキーの為に・・真冬の海での練習は冷たい。