スイミン愚物語 スポーツマンヒップ9 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

いよいよバタフライのスタートだ。

回りを見ると皆よく練習しているのか筋骨隆々として日焼けしていた。

5コースで名前をコールされたが相変わらず拍手はシンクロ姉ちゃんだけだった。

合図と同時に一斉スタート、浮上したら二度と潜る気はない。川原の石のように跳ねて一気にゴールするのみだ。忍者泳ぎ「バタフ~!」は相当腕力がないと出来ない芸当なのだ。腕のピッチが速く、キックはほとんど打たず、水の抵抗にならないようにバランスをとりながら足がついてくる泳ぎだ。

25mを超えると未知の領域、40mくらいでニコチンがこみ上げ身体が沈みそうになった。

ここでブクブクと沈んだらあまりにも格好悪く惨めだ。

最後の力を振り絞ったが「死にそう」とはこのことだった。

途中まではぶっちぎりのトップだったが、最後の5mで失速、抜かれてしまい2位でゴールした。

最初で最後の50mバタフライはゼーゼーハアハア言いながら敗北に終わった。

やはり5年連続覇者は強かった。

いくら素人とは言え負ければやはり悔しいが、シンクロ姉ちゃん達は拍手で迎えてくれた。表彰式があり1位と2位の賞状をもらった。

1位の証拠物件だけは必要で、他はいらないのだが有難そうな顔をしていただいた。

表彰式は続いていたのだが、帰り支度をしようとしていてアナウンスがあった。

団体5位とコールされたのだ。団体5位って言ったって一人しかいないのだ。

姉ちゃん達に促され仕方なく頂戴した。

1位と2位になれば総合5位くらいには入るのだろう。その賞状には野人ではなく会社名が書いてあった。実業団大会だから登録は会社や自治体やクラブなどだ。

シンクロ応援団に礼を言い、会社へ直行した。

さっそく部下に賞状をコピーさせて、奴らからウィスキーの回収を命じた。

ところが証拠物件の「賞状コピー」を見せても「偽造だ」と言って誰も信用しないのだ。ハナから勝つはずはないと信じ込んでいたし、奴らはウィスキーもいただく気でいた。

仕方なく翌日まで待った。翌日の新聞の県内版には試合の記事が出ていた。

会社名も名前も、大会新の記載まで載っていた部分をコピーして、部下が「この陰のうが目に入らぬか!」とあこぎな「取立て」をやったのだ。

ほとんどが「オ~!アンビリーバブル」を連発、往生際よく回収に同意した。

最後まで往生際が悪かったのが同期の友人でぶつぶつ言っていた、「こんなバカなことあり得ない・・」と。

「勝つことアルカポネよ」と説得したが納得しないので、ハイライト20箱にまけてやった。

奴は飲み意地がはっていたから、野人が負けていたら・・たぶんアコギに請求しただろう。

約束通り戦利品の半分は取り立て係りの部下にあげた。

こいつも酒飲みなのでニコニコ顔だった。

何しろタダでカティーサークが15本も手に入ったのだ。

スイミングクラブへ行くと、情報が速く、コーチも仲間達も優勝の話で持ちきりだった。

「まさかね~」とか「信じられない」とか、「反則・・してないでしょうねえ」とか、プロレスでもあるまいし凶器も持ち込めない。

何しろ全速の自由形も見てはいないし、バタフライは習いたてと言うことも知っている。バタのコーチは一言「脱帽です、あの泳ぎで」と、バタフライの2位に感激していた。

クラブの理事長に呼ばれてコーチ依頼を受けたが当然お断りした。

プールが好きでもないし、人に教えるのも面倒だった。

それから県水泳連盟の理事長から電話があった。

「あのバタフライは凄い、時々高校生の指導に来て欲しい」と。

優勝した自由型ではなくバタが気に入ったようだ。

「そんなに凄いですか?」と聞くと、「正直、バタになってないですねえ、失格スレスレかと・・失礼ですけど何処で練習されましたか?」とのたまうのだ。

スイミングクラブで数回・・と言うと、「やはりねえ・・しかし文句なく凄いです、誰もあんなこと考えない、素人が数回の練習で県で2位なんて常識外ですから」と褒めるような、けなすような・・・

たまに練習に来てアレを完成させて欲しいとのことだった。

当然そんなことしたら死んでしまう。

惚れ込まれたのは嬉しいのだが、後日、手土産を持って学校まで丁重にお断りに伺った。賭けは終わったし、夏は海のシーズンで忙しいのだ。