海底・干潟・大地・表皮の共通した仕組み | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 
マリンビレッジのある大湊の干潟

 
 

海底・干潟・大地・の表土、動植物の表皮には共通した仕組みがある。

そう言ってもピンと来ないだろうし、言うのは野人くらいしかいない。

 

分野が専門化した今の学問では気付く人もいないだろうし組み立てることも出来ない。

言葉で比較すれば、どう考えてもそんなものが関係あるはずがない・・と言うのが本音だろう。

 

海底も干潟も大地も元は同じ地球の表面であり、その前は・・溶岩メラメラ

水に浸かるか、たまに浸かるか、浸からないかの違いだ。

岩が細かくなったのが砂であり、有機物の残骸が加われば泥になり土になる。

 

有機物とは生物であり、生物が暮らすことで表土は変わり、共通した仕組みを持つ。

その仕組みは生物が在る限り続き、いなくなれば元の砂に戻る。

 

生物もまた、その仕組みがなければ誕生も出来ず、仕組みとは生物が作ったものだ。

微生物もまた生物であり、エサがなければ生きて行けない。

 

海底にも干潟にも大地の土壌にも無数の微生物がひしめき、生を終えた有機をエサにしている。

海底、干潟、大地で誕生した生命がその生を終えれば微生物が分解、元の元素に戻す。

 

そのバランスがとれているから泥や土は存在出来る。

極端にバランスが壊れれば「ゴミの山」になるか砂漠になるかしかない。

 

生物もまた同じで、植物も動物もバランスを維持している。

細胞が常に生まれ変わり続けるのだから表面には微生物がひしめきあって待ち伏せている。

微生物がいなければ動植物は・・ゴミ膨れ垢膨れを起こしてしまう。

 

重くて重くて窒息しそうでどうにもならんだろうな。

微生物が適度な厚さに保ってくれるから快適に動ける。

干潟も表土も同じで生き物は快適に活動出来る。

 

微生物がそこで暮らすには住処が必要になる。

つんつるてんで掴まる所も隠れるところもなければ、簡単に滑り落ちるか雨に流されてしまう。

落ち着ける場所が必要であり、それが快適な表皮

無数の細かいくぼみがある炭や牡蠣殻は微生物の住処として水の浄化に用いられる。

 

一見、生命が通わず不要に見える樹皮、動物の表皮も同じで適度な垢は必要。

微生物だって非常食は必要、冬眠、休眠もする。

 

松の樹皮、楠の樹皮、一見不要に見えても擦り落として洗剤で流せば枯れてしまう。

動物も同じで、洗剤で皮脂と微生物を落とせば悪臭と病不調が待っている。

綺麗に分解してくれるいつもの常在菌ではない腐敗菌やウィルスが群がればそうなるのは当然。

 

海底の泥、干潟の泥、陸の表土、川や池の泥、動植物の表皮、すべて有機の分解掃除と言う道理で共通しており、それが壊れれば成るべくして成る結果が待っている。

 

廃棄物が多ければ、海底や干潟はヘドロが溜まり、表土は誕生と消滅の仕組みが壊れ、植物は健全に生を営めない。

動植物は自ら余計なことはしないが人間はそうではない。

 

表土の仕組みと皮膚の仕組みを破壊すれば、その負担は自分だけでなく干潟と海にまで及ぶ。



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