サバイバルの必要十分条件 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

 

専門チャンネルでよく見かけるサバイバル体験番組。

毎回多くの人がチャレンジ、数週間とか1か月、達成出来るかどうかで一喜一憂、笑いあり、涙ありの人間ドラマ、途中脱落者も多く耐久・根性番組の様相だ。

何故男女共に裸でやるのかよくわからんが・・

 

限界を知り根性を試す為に修行の意味でチャレンジするのは自由なのだが、その術もなく挑めば、「自分なりによく頑張った」という満足感は得られても、それで生き残れるはずもない。

 

「自給自足」は最も困難な男の夢であり憧れ。

道具や場所が制限されるサバイバルはそれよりはるかに困難ドクロ汗 達成感は得られるのだろうが、全員体重は減り満身創痍。

予定期間が過ぎて余裕綽々の男は皆無、くたびれてヨレヨレではないか。これではサバイバルにならない。

 

この体験が役に立つかどうかと言うなら、あまり役には立たないだろう。 それだけでなく、サバイバルの方法を見ても長期生き残ることは不可能だ。

指定期間をただ耐え抜いたようにしか見えない。

長期生き残る為には何が必要なのか、それを理解して肝に銘じ、真っ先にその方向へ向かう男はいなかった。

 

サバイバルとは何か、何の為にやるのか・・

目的が果たせないことはしないのが野人の省エネ思考。

サバイバル体験などやりたくはなく、その必要もない。

 

これだけ屈強なその道に長けた世界の男達が挑戦して困難はてなマーク おかしいとは思わないかな。

 

古代人は何故世界中のあらゆる場所で暮らせたのか・・

現代人は歴史を知り、その理由を知り尽くしているのではないかな。

歴史から何を学んだのか、大切な事が欠けている。

 

食料が持ち込めず、長期に及ぶ野山での自給自足が条件なら、その必要条件は簡単だ。

肉が捕獲出来なければ人間は山野で生き延びることが出来ない。

 

スーパーどころか穀物も今のような野菜も果物もない時代、人類は動物を求めて家族単位で移動し続けた。

定着は穀物栽培が始まってからであり、肉食雑食が人間の食性だ。

 

植物などの雑食材はそのつなぎであり、古代の人間は自生植物だけで生きられない。

動物が狩れなければ昆虫や小動物、磯の魚介だけで長期にわたり生命は繋げない。

体力は衰弱する一方で、最初に動物が確保出来ず、後手に回ればますます狩りが困難になる。

小食で体力はさらに消耗、生存率は日々低下する。

 

食料となる動物が十分に存在する

それらを捕獲する術も道具も持っている、あるいは製作出来る。

これが生き残る為の必要十分条件であり、これ以外に長期自然界で生き残る方法はない。

 

狩れる動物がいるかもわからない地で、当分の食料も大した道具もなく食料を探す。

準備万端の古代人にも真似出来ないことだな汗

成るべくして成る。全員が衰弱するのは当たり前であり餓死が待っている。

 

人類はどうやって狩りをしたか、槍や弓であり落とし穴などの罠だ。

その道具と、使いこなせる技術が不可欠。

なければ自分で作るしかないが、矢尻の鉄器や石器を短期間で作ることは困難。

 

サバイバルは、動物の数が十分で道具と技術がなければ挑めない事なのだ。

江戸時代、穀物飢饉で大勢が餓死したが、サバイバルで生き残れたのか。

周囲には山、動物がいるにもかかわらず困難だった。

 

サバイバルとは縄文、石器時代に戻ることであり、何が必要なのかを自分の頭で考えればわかること。 野人があらためて必要十分条件などと言うことでもない。

 

数年前の地震と津波、その後の東海沖地震に備えて野人が準備、いつでも運び出せるよう玄関に準備したのは、一般的な防災グッズとは無縁の武器・道具の数々だった。 水陸用のモリ各種、ナイフ各種、手裏剣、水中眼鏡足ヒレ等の潜水用具、釣り具だ。

ライフラインが数年、あるいは永遠に絶たれることを前提にすれば当然だろう。

 

それらは石器時代に帰れば容易に作れるものではなく、それらがなければ大勢を助けられない。

それ以外には多種大量の野菜の種のみ。

野人のサバイバルとは大勢を生かすことであり、助けが来ることを前提にしない。

何が必要かを理解し、その術を磨けばあえて実践は必要ない。 実践とは殺生なのだから。

 

それらの武器は既に使いこなせ、猪でも鹿でも自在に獲れる。 水中用具さえあれば大量の貝やタコの捕獲だけでなく幾らでも魚が突ける。

自分1人だけ生きるのであればそれらはいらない。

あった方が便利だが、無くとも代用品くらいは作れるし一人くらいはどうにでもなる。

 

人は何を食べて生きて来たのか、何を主食に家族を養って来たのか。

男1人が3人から5人ほどの家族の食糧を確保しなければならないのだ。 人類史上最も長く続いたその食材で人は心身を維持し続けて来た。

その食性の本質、食材の本質から大きく逸れれば衰弱、不調、老化が進むのは当然のことだ。

 

あれが足りない、これが必要、あれが体に良い、これが悪い・・など、考えて欲張って選んで食べている野生動物などいないし、それほどの食料は自然界にはない。 古代人も同じだったろう。

生まれながらに主食を記憶しているのが動物であり、考えるまでもない。

 

何故人間だけが考え悩まなければならなくなったのか、不調に苦しむのか。

自然界の食材と比べてどこがどう違うのか・・

その理由を考えた方が復調・絶好調に近づけるだろう。

 

同じような食材でも違うから不調になるのであり、同じと言うなら問題はないはず。

ひたすら精神力で前に進む「前向き思考」は怪我の元であり、自然界では生き残れない。

 

 

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