がん保険、三大疾病保障保険等における「90日不担保条項」の解釈/ご契約のしおりの法的性質 | なか2656のブログ

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1.はじめに
最近の『判例タイムズ』2015年7月号(1412号)255頁をみたところ、いわゆるがん保険の特約の約款条項の「90日不担保条項」の解釈が争われた興味深い裁判例が掲載されていました。



従来より多くの日本の生命保険会社から、がん・脳卒中・心筋梗塞三大疾病を保障する保険商品が「特約」という形態で販売されています。

また、これも従来からアフラックなど外資系生命保険より、特約でなく、単体の「主契約」としての、がん保険医療保険が販売されてきました。日米の外交上の取り決め(日米保険協議)により、日本の生命保険会社はこれらの商品を主契約として販売することが政府より禁止されてきたところ、2001年にそれが解禁されました(注1)。

これらのがん保険三大疾病保障保険などには、「逆選択」つまりモラルリスクを防止するために約款上、「90日不担保条項」という規定が一般的に置かれています。

つまり、保険契約が成立し、責任開始期がはじまってから90日間は保険金の支払いの対象外の期間として、がんなどが発生しても保険金・給付金の支払対象外として、自分ががんなどの疾病に罹患していることを知りつつ保険に加入するという不正を防ぐ仕組みです(注2)。

すなわち、自らが、がんではないかと疑いをもちつつ、事前に医師の診断を受けないのみならず、がん保険に加入のうえ、更に90日間が経過するまで医師の治療を我慢するような事態は、通常あまり想定し難いからであるとされています(注3)。

しかし、この「90日不担保条項」の解釈の見解がわかれるとして争われたのが本件の訴訟です。

2.東京地裁平成25年6月20日判決(確定)
(1)事案の概要
原告Xは、生命保険会社Yとの間で、自らを保険契約者および被保険者とする保険契約を締結した。この生命保険契約(以下、「本件契約」という。)の責任開始期は平成21年7月16日であった(契約日は同年8月1日)。

そして本件契約には、がん、脳卒中、心筋梗塞を保険金支払いの対象とする特定疾病保障定期保険特約、女性特有の疾病に係る入院・手術に関して給付金を支払う女性特定治療特約、被保険者ががんなどに罹患した場合にその後の保険料が免除となる保険料免除特約が付加されていた。

これらの特定疾病保障定期保険特約、女性特定治療特約および保険料免除特約のそれぞれの特約条項には、前述の「90日不担保条項」が規定されていた。

本件契約における、責任開始日からその日を含めて90日にあたる日は、平成21年10月13日であった。

判決文によると、Xは、平成21年8月3日にB病院を受診し、「左の乳房にしこりらしきものがある」と訴えた。病院は「たぶん皮下腫瘤」と診断し、増大したら来院するよう指示した。

その後、Xは同年12月1日に、A病院において検査を受け、それを受けて12月5日に同病院にて、左乳房の乳がんと診断確定された。その後、Xは平成22年1月20日、A病院にて乳がんの摘出手術を受けた。

このような事実をもとに、Xは生命保険会社Yに対して、特定疾病保障定期保険特約および女性特定治療特約にもとづく給付金の支払いと、保険料免除特約に基づく保険料の免除を求めた。

これに対してYは、「90日不担保条項」により給付金の不払いと保険料は免除とならないとした。そこで訴訟が提起されたのが本件である。

すなわち、本件の保険会社の約款条項における「90日不担保条項」はつぎのような条文となっていた。

この特約の責任開始期の属する日からその日を含めて90日以内に乳房の悪性新生物に罹患し、医師により診断確定したときは、当会社は、特約特定疾病保険金を支払いません。

保険会社Y側は、この条項の「90日」は「罹患」のみにかかり、「診断確定」にはかからないと主張した(罹患説)。

一方、X側は、「90日」は「罹患」だけでなく「診断確定」までかかると主張した(診断確定説)。

つまり、Y生命保険側の主張にたてば、責任開始期後に90日以内にがんに「罹患」していれば、医師の「診断確定」がなくても保険金・給付金は支払対象外となる。

一方、X側の主張にたてば、医師の「診断確定」がない限りは、保険金・給付金は支払の対象となる。

(2)判旨
判決はつぎのように判示して、X側の主張をしりぞけた。
①「90日不担保条項」の文言解釈
『90日条項は、(略)「責任開始期の属する日からその日を含めて90日以内に乳房の悪性新生物に罹患し、医師により診断確定したとき」と規定しているところ、「90日以内に」との文言には、読点が入ることなく「乳房の悪性新生物に罹患し」との文言が続き、同文言の後に読点が入った後に、「医師により診断確定された」との文言が置かれている。規定にあたり読点の果たす役割に照らすと、このような読点の配置の仕方は、「90日以内に」との文言を「乳房の悪性新生物に罹患し」との文言のみに係らせ、「医師により診断確定された」との文言には係らせない趣旨でされたものと解するのが自然である。』

②「ご契約のしおり」の記載について
(本件契約の「ご契約のしおり-定款・約款」の「しおり」部分の、特定疾病保障定期保険特約)『について説明している部分において、「責任開始期から90日以内に罹患した乳がんについては、特約特定疾病保険金はお支払しません。」との記載がある(56頁)。』(そして、女性特定治療特約および保険料免除特約に関する「しおり」部分にも同様の説明がある。)

『本件しおりが本件契約の約款と一体の冊子となっていること、(略)Yが保険契約を締結するに当って契約者に対して同冊子を交付していること(X本人)などからすれば、本件しおりは、保険契約の約款に準ずるものとはいえないものの、保険契約の約款の内容を契約者に分かりやすく説明するものとして、約款の内容を解釈する上での資料となるものといえる。

『確かに、本件しおりの記載が直ちに契約の内容となって契約者を拘束するものではないが、前記で述べたとおり、本件しおりは、約款の内容を解釈する上での資料にはなるのであり、本件しおりを参照とした上で解釈された約款の内容は、契約としての効力を有するものといえよう。』

③「90日不担保条項」の趣旨
90日条項の趣旨が、当初から自分が乳がんであることを見越した契約者が、保険金の請求を目的として保険契約を締結すること(いわゆる逆選択)を防止する点にあることについては、当事者間に争いがない。

『ここで、90日条項をXの主張するとおりに解釈すれば、契約者(被保険者)は、(略)乳房の悪性新生物の罹患を疑いながら、保険金の支払等を受けたいがために医師による診断の確定を遅らせようとする者が現れることは想像に難くない。こうした結果は、90日条項の本来の趣旨に反するだけでなく、生命保険に付随して本件のような特約が設けられた趣旨に反することともなりかねないのであり、不合理というほかない。』

④Xが乳がんに罹患した時期について
『前記(略)で認定したとおり、Xは平成21年8月3日には、左乳房にあるしこりについて、皮下腫瘤が疑われる旨の診断を受け(ていた。)』

『上記の診断経緯に加え、一般に乳がんの成長速度が遅いこと(略)も併せて考慮すると、Xは、遅くとも、同年8月3日の時点で、乳がん(略)に罹患していたものと認められる。』

3.本判決の検討・解説
(1)「90日不担保条項」の趣旨
うえの1.でもふれたとおり、多くの保険会社が販売する、がん保険などにおいては、約款上、責任開始期から90日程度の「待ち期間」を設定していることが一般的です。

その趣旨は、本判決が述べるように、「保険金の請求を目的として保険契約を締結すること(いわゆる「逆選択」)を防止すること」です。

つまり、被保険者が自らの身体の不調を自覚しながら、あえて医師の診断を受けない段階で保険に加入し、その後、保険契約加入後ごく早期に診断確定を受けるという「逆選択」を排除する趣旨です。

(2)「90日以内に」の文言はどこにかかるか
「90日以内に」が「罹患」までしかかからないとする見解は、読点の位置という文言解釈の重視という点と、90日不担保条項の趣旨が「逆選択」の防止にあることに鑑みれば、被保険者が意図的に診断確定を遅らせて保険金請求を可能とする解釈をとるべきではないとします(罹患説)。

一方、「90日以内に」が「診断確定」までかかるとする見解は、医師による診断確定を基準とした方が客観的に明確に罹患した日時を特定できるとします(診断確定説)。

本判決は、①読点の位置という文言解釈と、②逆選択の防止の2点を重視して、「90日以内に」が「罹患」までしかかからないとする見解(罹患説)をとりました。

(3)「ご契約のしおり」について
本判決は、約款だけでなく、「ご契約のしおり」の効力についても積極的に言及している点が注目されます。

本判決が指摘しているとおり、約款や保険のしくみ、個人情報の取扱い、保険契約者保護基金などについて要点を図入りでわかりやすく解説している「しおり」は、「約款」、「定款」とセットで、「ご契約のしおり-定款・約款」として一冊の冊子となっているのが通常です。(冒頭の第一生命保険の「ご契約のしおり-定款・約款」の冊子の写真をご参照ください。)

そして、営業職員および保険会社は、お客さまから申込書をいただき保険契約を締結するにあたり、この「ご契約のしおり-定款・約款」だけでなく、「契約概要・注意喚起」を記載した書面をお客さまに交付しなければならないと法的に義務付けられています(保険業法300条1項1号、同法100条の2、保険業法施行規則53条1項、監督指針Ⅱ-3-3-2(2)、同Ⅱ-3-3-6(2))。

さらに、これらの書面をお客さまに交付したうえで、保険会社側は、契約を締結しようとする保険商品が本当にお客さまのニーズ(意向)に合致しているかを確認することが義務付けられており、保険会社側は確認のうえ、お客さまに意向確認書を交付し、保険会社側も同じ書面を保管することが法的に義務付けられています(監督指針Ⅱ-3-5-1-2(17))。(注4)

これらの法的義務を怠った場合、保険会社側は保険業法315条などの罰則を受けることになります。

(なお、この度、保険業法は大幅に改正され、改正保険業法は平成28年5月ごろから施行される見込みです。この改正保険業法においては、意向確認の義務だけでなく、さらに「意向把握義務」(改正保険業法294条の2)が保険会社に課せられることになります。)

このように、保険約款そのものでないとしても、「ご契約のしおり」は「契約概要・注意喚起」を記載した書面などと共に、保険契約締結にあたり、お客さまに交付することが保険会社に対して、保険業法や監督指針などにより法的義務としてガチガチに定められています。

そのため、本判決が、『本件しおりは、保険契約の約款に準ずるものとはいえないものの、保険契約の約款の内容を契約者に分かりやすく説明するものとして、約款の内容を解釈する上での資料となるものといえる。』と判示していることは、そのとおりであると思われます。

なお、古い判決例ですが、しばしば引用される昭和2年の判決で、『主務官庁ノ認可ノ有無ト約款ノ効力トハ全然別個ノ観念ニシテ当事者ハ苟モ公益ニ反セサル限リ主務官庁ノ認可ノ有無ヲ問ハス如何ナル事項ト雖モ有効ニ之ヲ契約ノ内容ト為スヲ妨ケ(ない)。』と判示して、主務官庁の認可を得ていない保険会社の特約条項であっても私法上は有効とする判決があります(東京控訴院昭和2年12月9日第三民部判決、最高裁昭和45年12月24日も同旨)。(注5、注6)

この昭和2年の裁判例に照らしても、「ご契約のしおり」は、保険約款や事業方法書などと異なり、金融庁の認可や届出など直接は受けていない文書ではありますが、しかし、保険約款そのものでないとしても、約款の内容を解釈する上での資料となりえる、重要な文書であるといえます。

「ご契約のしおり」の部分は、保険会社の社内において、商品開発部門が作ることもあれば、販売促進部門が作ることもあると思われますが、今回の訴訟のケースのように、裁判所の判断を基礎づける重要な資料となっていることを考えると、保険約款、事業方法書などに準じる文書として、今までにも増して、保険会社は慎重に作成することが必要でしょう。

商品開発部門、販売促進部門、法務部門だけでこれらの文書の作成を完結させるのではなく、訴訟リスク、苦情リスクなども念頭にいれて、新契約引受け部門、収納保全部門、保険金支払査定部門などの意思を統一し、足並みをそろえてゆく必要があるでしょう。

4.生命保険会社各社の「90日不担保条項」について
なお、最後に若干補足すると、本件訴訟では、約款条項の、「悪性新生物に罹患し、医師により診断確定したとき」という約款の規定の解釈が争点となりました。

私が今回読んだ『判例タイムズ』に掲載された判決文を読むと、本訴訟で被告となった保険会社は、第一生命保険となっています。

この点、当然のことながらが、生命保険会社各社で約款の規定のしかたはまちまちです。

たとえば、日本生命保険の、3大疾病保障保険の約款の、90日不担保条項はつぎのようになっています。

3大疾病保障保険(有配当2012)給付約款

第1条2項 前項第2号①の規定にかかわらず、被保険者が責任開始の日からその日を含めて90日(略)以内に悪性新生物(別表3)と診断確定された場合(略)には、3大疾病保険金は支払いません。(後略)』

日本生命の約款の文言をみると、「診断確定」の文言の前までには読点が入っていません。つまり日本生命の約款の「90日不担保条項」は、文言上、診断確定説をとっていると思われます。

この点、日本生命が刊行している解説書においても、「90日不担保条項」とは、「90日の間に診断確定された」ものであると、明確に書かれています(注7)。

したがって、もし日本生命を被告とする同様の訴訟が提起された場合、裁判所は、罹患説ではなく、診断確定説をとるのではないかと思われます。

また、明治安田生命保険の、「がん保障特約[総合保険用]特約条項」も日本生命と似た規定のしかたをしているようです。

判例雑誌の解説欄を読むと、下級審判決として、神戸地裁明石支部平成13年3月30日、東京地裁平成15年9月16日、東京地裁16年12月14日などがあるが、いずれも約款の文言に注目して罹患説に立ったうえで保険会社側を勝訴させたとしているようで、これらはいずれも、第一生命のようなタイプの約款条項について争われた事案のように思われます。

なお、さらに補足すると、がん保険の分野でトップのシェアのアフラック(アメリカンファミリー生命保険)のがん保険の規定のしかたは、うえの第一生命や日本生命などともさらに異なっています。

アフラックの約款で、「逆選択」をブロックするための約款規定はつぎのようになっています。

がん保険[低・無解約払戻金2014](平成27年6月22日改定)

第2条(責任開始)
 保険期間の始期の属する日からその日を含めて3か月を経過した日の翌日を責任開始日とし、会社は、その日から保険契約上の責任を負います。

つまり、アフラックは保険契約の締結から3か月経過してからアフラックが保障をスタートする責任開始の日をはじめるという仕組みをとっています。

「逆選択」を防ぐため、「待ち期間」を90日設けるという趣旨は日本の生命保険会社と同じですが、契約締結の日である契約日から3か月、責任開始日そのものを後ろにスイッチバックさせるとは非常に徹底しています。

■参考文献
・『判例タイムズ』2015年7月号(1412号)255頁
・注1:山下友信・米山高生『保険法解説』55頁
・注2:山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法[第3版補訂版]』362頁
・注3:山下友信・永沢徹『論点体系保険法2』309頁
・注4:中原健夫・山本啓太・関秀忠『保険業務のコンプライアンス』121頁
・注5:吉川吉衛「主務大臣の認可のない特約条項の効力」『生命保険判例百選(増補版)』14頁
・注6:甘利公人「主務大臣の認可のない改正普通保険約款の効力」『保険法判例百選』8頁
・注7:日本生命保険『生命保険の法務と実務[改訂版]』265頁

■参照
(1)かんぽ生命について
・日本郵政グループ・かんぽ生命保険コンプライアンス統括部が非正規社員にパワハラ/ブラック企業

・再びかんぽ生命保険のコンプライアンス統括部内でのパワハラを法的に考える/ブラック企業

・ゆうちょ銀行・かんぽ生命の上限額増加を自民が提言/郵政民営化法・ブラック企業

(2)保険業法の改正について
・【解説】保険業法等の一部を改正する法律について

・【解説】保険業法改正に伴う保険業法施行規則および監督指針の一部の改正について

・保険契約の高齢者募集における留意点について/監督指針等の改正をめぐって


保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)


保険法判例百選 (別冊ジュリスト 202)




保険業務のコンプライアンス



論点体系 保険法2



保険法解説 -- 生命保険・傷害疾病定額保険



生命保険の法務と実務





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