陣痛室に入ってから約三時間。
陣痛の間隔が五分前後と中々進展が無く、医師の診察を受けるも「もう少し様子をみましょう」という診断。
家内は身長が150cmという小柄な体型でありながら、胎児が通常よりやや大きかった為陣痛促進剤の投与や下手をすると帝王切開の可能性を秘めていた。
そして家内は、陣痛の痛みと精神的不安にかられながらも、必死に元気な子を出産する事だけを考えていた。
私は自分のレパートリーの中で可能な限りの励ましの言葉を伝え、毎回数分おきに来る陣痛時には腰やお尻を押すというサポートに専念。
気が付くと、時は既に午後11時を回っていた。
その日最後の医師による回診後、看護師より「本日の出産はありません、ご主人も一度帰宅して英気を養ってから明日また挑みましょう」と言い渡される。
家内も丸一日陣痛の痛みに耐えて疲労がピークに達し、浅い眠りにつくとのことで私は一時帰宅する事にした。
帰宅してから目覚めるまでの記憶が全くなかったのが、自分でも驚きを隠せなかった。
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翌日、家内が入院前に用意していた複数のバックを持ち病院へ。
病院に到着すると、家内がいる病室以外全てが空いていた。
陣痛室は家内の病室を含めて三室。
直ぐに分娩室へと向かえるようそれぞれの病室はカーテンで仕切られており、常に部屋の出入口は解放されている。
私が把握しているだけで四組の妊産婦が既に分娩室へと入っていた。
家内には『周りは気にせず自分のペースで良いからね』と言い聞かせていたが、自分自身にも言い聞かせていたのかもしれない。
その日も前日と変わらず、5分間隔で来る陣痛。
産道も開き切っておらず、体力のみが奪われていくのが手に取るように分かり見ている私が不安になる。
日中、少しでも陣痛の間隔を狭める為、看護師と共に院内を歩く。
すると、少し家内の顔に笑みが戻った。
午後7時半。
満月も出てきた頃、陣痛室に長時間滞在していたため二人とも肉体的精神的共に疲弊していた。
私は、昨日家内の為に買ってきた栄養ドリンクを飲み、体力を微力ながら回復。
そこで気持ちを改め、ラストスパートという意味を込めて家内に提案。
『二人最後の散歩デートしよう』