みんなに優しい生活をドキドキ

10月5日
急ぎ足で父は旅立ちました




午前中に息絶え絶えに会話し
午後、母を連れて駆け付けた時には
言葉を聞く事はできませんでした



医師が
この状態で意識がある事が
不思議な位です
と‥‥



何度も、荒行(水行)で生死を彷徨った父
それまでの成果を発揮した姿は
さすがでした虹



本当にありがとうラブラブ



緩和ケアに、数週間しか
お世話になれませんでしたが
正直、緩和って意味が父には
独特の世界観ビックリマークビックリマークだったように
思います。


私は、常に医師面談の際
時間を長引かせる事なく
苦痛を取り除き、楽に‥‥と望みました。


しかし、父は
苦痛であっても生き抜く選択をし続けた。



余命3か月って言われたのに
結局1か月で、逝っちゃった‥‥



だけどね、短いこの期間に
担当の先生が、父と私の希望を
汲み取って下さったのかなぁって
だから、納得できるんです。


父、私の希望が
違うこともわかっていながら
どちらにも添って下さり、
意思を確認しながら、
最善を尽くしてくれました。



最期の瞬間まで
個人の希望、意思を尊重し続ける


そうやって生きる
私もしていくね



医療の域を超えて
多くを学ぶことができたのも
父のおかげです虹





父の波乱万丈に満ちた
ユーモアあふれる人生



元々おしゃべりな人でしたが
姿が見えなくなってから
更におしゃべりになるかもね
笑笑



遺品整理、部屋の片付けも
悲しみと感謝が入り混じる時間



父の生活の様子が
鮮明に写しだされ



父は丁寧にキラキラ慎ましくキラキラ幸せに
暮らしていたことに安堵しています



ありがとう
お父さん黄色い花黄色い花黄色い花


これからも、語り合おうね
宜しくねラブラブラブラブラブラブ