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龍の一族
出雲の旅
序章は秋分の日から、、
奥出雲・熊野神社を後にして、熊野大社へ。
(※奥出雲といっても熊野神社は広島県になります。)
熊野大社は、衣食住の神様なのですが、
出雲大社で「神迎えの神事」が行われる際に
大事な火起こしをする道具をしまっている場所なのです。
神迎えの神事とは「神無月」に、
全国から神様をお迎えするために行われます。
だから、その期間は出雲では「神在月」になります。
そして熊野大社は、よみがえり・蘇生の神様でもあります。
また、熊野大社は出雲大社の親神様なので、
出雲大社の宮司が代替わりするときは、熊野大社に御挨拶して認めていただくそうです。
そのくらい力の強い神様のいる場所です。
そして神魂神社(かもすじんじゃ)へ。
神魂神社は、最古の大社造りの神社です。
階段を登って神社に行こうとすると、
なみちゃんが「こっち、こっち」と反対方向へ手招きします。
呼ばれるままに、わき道をいくと、
とても小さな祠がありました。
なみちゃんが、
「ここは何の神様が祀られているかわからないの。けれども、凄く御神氣を感じるの。感じない?」と私にききます。
ひっそりと小さな祠。
「うん、そうね。」と私もうなずきます。
今回の旅では、なみちゃんがたくさんの大事な場所に案内してくれました。
ここも、その一つです。
静かにお参りをして、今度こそ神魂神社へ向かいます。
出雲大社よりも古い最古の大社造りは国宝です。
神魂神社と熊野大社は深い関係があります。
それは、出雲大社の国造(今でいうと宮司になると思います)が代替わりするとき、この二つの神社で儀式が行われるのです。
火継式は出雲国造が代替わりの際に行う儀式であり、神火相続式とも呼ばれる。
前国造が帰幽(死去)した際、新国造は喪に服す間もなく、ただちに社内の斎館に籠もって潔斎した後、燧臼(ひきりうす)・燧杵(ひきりきね)を携えて、熊野大社に参向する。
そして熊野大社の鑽火殿にて燧臼・燧杵によって火を起こし、鑽り出された神火によって調理された食事を神前に供えると同時に、自らも食べる。
その後、神魂神社において饗宴を受けた後、出雲大社に戻り、奉告の儀式を行い、火継式は終了する。
この儀式にて鑽り出された神火はその後、国造館の斎火殿にて保存される。
国造は在任中この火によって調理したものを食べるが、国造以外はたとえ家族であってもこれを口にすることは許されないという。
火継式の「火」は「霊(ひ)」であり、その火をもって調理されたものを食べることによって、天穂日命以来代々の国造の霊魂を自らの中に取り込むのだとされている。
Wikipediaより
こうして代々、出雲の人々は
出雲独自の文化を持っていたのです。
出雲族とは龍の一族とも言われています。
龍の一族とは何か?
なみちゃんから聞いた話を、また書かせて頂きますね。
ところで、出雲族は北からも南からも百いくつもの種族が集つくまって造られていたそうです。
そのルーツをたどるとエジプトへつながるとも言われています。
大昔、出雲族は、
そのままで和を保っていたのですが
異国の民が統治しようとしたとき、その和が崩れていったのです。
そして、出雲族の聖地へと向かいます。
出雲族の聖地は、原生林でした。
ロープが張られていて中に入ることはできません。
外からみるだけですが、
とても静かで、それでいて力強い神聖な空気が流れています。
たくさんの岩、その奥の森の中へ行ってみたくなります。
そっと手を伸ばして柵の内側へ勾玉を置いてみました。大きなエネルギーの中で健やかに呼吸しているようです。
自然の岩などを神とする磐座信仰。
出雲族の文化なのです。
なみちゃんの案内で、
本当の出雲の姿を見た日でした。
翌日、また素晴らしい出雲に出会うことになります。