敦賀 蓮、そう呼ばれ名乗るようになって。

役者としてそれなりの地位をこの業界で保っていると思う。LMEの看板俳優と言われ、スケジュールも埋まり、いろいろな称号もついたりする。


そんな俺は今、主演したドラマの打ち上げに参加している。
表面上はにこやかに。笑顔でウィスキーを喉の奥に落とす。
腹の中では、うっそりと暗い闇の中でひどく自分勝手な激しい自己主張が高らかに声をあげている。


当たり障りのない敦賀 蓮の仮面を維持する以外のすべての意識を、だが、誰にも気づかれないように少し離れた席に座る彼女に向けて。


半年ほど前に二十歳になったばかりの、彼女。
また、綺麗になった彼女とその隣の馬の骨。
熱心に男の瞳で隣の彼女を見つめている。
下心を持った男が彼女の側にいるなんて、どうしようもなくたまらなく不愉快極まりない。
見るな!寄るな!触るな!彼女は俺のものだ!
恋人でもないのに、勝手な執着心で嫉妬に狂いそうだ。


彼女が少し赤い顔で笑う。
自分に自信がなく、寄せられる好意に、男の下心に無防備な彼女。
酔いにほほを染めて笑わないでくれ。
俺以外の男にそんなかわいい顔見せないで。


今すぐにでも横でしなだれかかる共演者を押し退け、群がる馬の骨を蹴散らし、横に座る軽薄そうな男から奪い取って拐って俺しか見れないように閉じ込めてしまいたい。
ふつふつと仄暗い思考を巡らせていると、彼女がグラスを煽る。
呑み慣れないあるアルコールの苦味に、きゅっと眉を寄せる。目元にさらに朱が走り、瞳が潤んでいく。
男が誘いをかけているのか、仕切りに顔を寄せ何かを囁いているようだ。腕を掴み、どこかへ連れ出そうとする。
どこが惚けたように、はっきりとした拒否を示さずにされるがままの彼女。


その瞳から一雫の涙。
ああ、もう、なんでそんな男にかわいい笑顔を向けて腕なんて触らせて涙まで見せるかな?気に入らない。気に入らない。許せるものか。
胃の腑が焼けてしまいそうだ。


もう、我慢できないね。


引きとめようとする隣の女優を笑顔で躱して、彼女のもとに急ぐと肩に手をかける。
「大丈夫?最上さん、ちょっと飲み過ぎじゃない?」
と、心配する先輩の素振りで覗き込むがうつむいたまま、顔をあげてくれない。
いや、もう君の意思など知ったことか。こんな男なんかに渡せるわけなどありはしない。
「彼女、同じ事務所の後輩でね。まだ、お酒に慣れてないから様子を見てるように頼まれてるんだ。だから、彼女は俺が送って行くね。」
と、うそぶく。
声を低くして瞳に威嚇を籠めて、だが、有無を言わせぬ笑顔を憎らしい男に向ける。


その手はなに?とでも言うように、彼女の腕を掴んだままの男の手に目を向ける。
苦々しい顔をして男の手が離れる。
そう。それでいい。この娘に触れるのは俺だけでいいんだ。
彼女の腰に手をまわし、彼女の鞄を回収して促す。ますます深く俯いたままの君は大人しく俺にさらわれてくれた。




店を出ても、顔も見せてくれない彼女をビルの外の非常階段に連れ出す。
扉をしめて、その扉と自分で囲い込むように顔の横に手をつく。
顔が見たくてもう片方の手を顎を捉え上向けさせる。
「なんで泣いてるの………」
目を伏せ、無言で涙を流す君。
それはなんの涙?
誰のために泣いてるの?
誰に泣かされたの?
その涙が俺だけのものならいいのに。
「泣かないで………」
そんなに辛そうに、なにかに耐えるような、必死で抑え込むような表情ではらはらと頬を濡らしている。
見ていられなくてその身体を強く抱き寄せる。
華奢な身体。顔をうずめた髪から香る甘い彼女の香り。






ああ、限界だ。
だから、俺は決心する。




口付けて、君をむさぼってしまおう。





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