仕事帰りに雨に濡れながら妄想したお話。
すごい季節外れ。


✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ



久しぶりに雨の降った日のことだった。



愛しいあの娘が雨に濡れている。
事務所の裏手の非常階段横にある小さな人気の無いスペースで、制服姿の彼女は雨の降る灰色の空を睨みつけるように、縋るように見上げていた。
半袖の白いブラウスが濡れて吸い付くように肩に張り付いているのが、いつもに増して彼女を小さく頼りなく見せている。そのシャツから肌の色が透ける様を見て、どれだけの時間雨に打たれていたのかを思い、駆け出した。


「最上さんっ!!」
ぱしゃぱしゃと足元の水溜りが音を立てる。駆け寄ると、びっくりしたような顔でこちらを見上げてつぶやく。
「敦賀さん……」
夏のはじまりのあたたかい日だったが、こんなにずぶ濡れになるほど長く雨に濡れてしまっては、風邪をひいてしまう。
「なにをしているんだ?きみは!あぁ、こんなに濡れて………」
手を取り、とりあえず雨にあたらない所へと連れて行こうとするのだが、彼女は動こうとはしてくれなかった。
握った手に抵抗を感じて振り向くと、ふわりと彼女が笑う。

その笑顔が、悲しく感じた。
なにもかも諦めるような寂しい、哀しい笑顔だった。


「すいません。………もう少し、このまま雨に降られていたいんです。」
彼女は、もう俺を見てはいなかった。
ただ………ただ、空を見上げていた。乞うように、願うように。
でも、それが叶わないと知っている瞳で。


「………最上さん?」
そんな様子から、最上さんの身に何事かと起きたのだと思い名を呼びながら顔を覗き込む。


「違います。………最上じゃなくなってしまうんです。」
耐えられないと言うようにくしゃりと顔を歪ませて、その瞳から涙を溢れさせながら否定する。
「昨日、母から分籍の手続きに関する連絡がありました。」
雨と、とまらない涙がほほを伝い続けている。
「…………母に、捨てられました。」
その、余りにも悲しそうな辛そうな瞳が伏せらるのを、凍り付いたように見つめるしかできなかった。


「可能なら………叶うのだったなら、こんなふうに降るように愛されてみたかったんです。」
するりと、繋いだ手をはなし両手をふるいながら雨を受けるようにくるりとまわる。
そのおどけたような仕草に彼女の悲痛を、諦めを感じて、堪らずに腕にかき抱いた。


「…………愛されることを望むのを過去形にしてしまわないで。」
おとなしく腕に収まってくれていた彼女がいやいやと首をふる。
「嫌です!………だって、みんなみんな私なんていらないって言うもの!!ショーちゃんだって!お母さんだって!!みんなみんなみんーーー」
「俺がいる!!」
慟哭を遮って叫ぶ。
「いや!いや!いやなの!!もう、手を伸ばして、期待してしまって捨てらるのはっ!!」
「それでも!君が嫌がっていても、俺は君を愛してる!!」
「いやっ!!嘘!!嘘つき!!そんなこと聞きたくない!!」
腕を胸に突っ張って逃げ出そうとするのを、力尽くで抱きつぶさんがばかりに繋ぎとめる。
「聞いてくれ、頼むから!………いいから、聞け!キョーコ!!」
怒鳴りつける勢いで言うと彼女から力が抜けていく。
そんな、彼女を降り注ぐ雨から隠すように抱き込んでその髪に口づけて告げる。
「君が好きだ。」


「同情?………私がかわいそうな子だから?」
おびえたようなつぶやき。
「違うよ。同情であげれるほど俺の愛は優しくなんてない。
最上さん、君が望むようにこの雨のように包むように降り注ぐように優しくは…………俺は、愛してあげられないかもしれない。」
びくりと身じろぎする。
君が望んでいるのは肉親の揺るぎない慈雨のように降り注ぐ親愛なんだろう。
でも、俺は君の父や兄にはなれない。
俺が君に向けてしまってるのは、そんなキレイなものなんかじゃなく、ドロドロとした執着と欲を孕んだものだ。
「俺は、俺の愛はこんな緩やかなものじゃなくて、君を押し流してしまうほど叩きつけてすべてを奪い取るほどの、ハリケーンみたいにしか愛せないかもしれない。それでも、それでも君を愛してる。…………だから、愛されることを諦めないで。俺を見て。俺に頼って。俺に愛させて。」
男として女の君に強く愛を懇願する。
腕の中の君が、おそるおそると言ったふうに顔をあげる。
濡れて貼りついた前髪をかきあげると、上目づかいの目の端に朱がはしっていた。
「………いらないって捨てたりしませんか?」
「捨てたりしない。君が嫌がったってはなさない。君が俺なんかいらないって言ったって縋り付いて掻っ攫って閉じ込めて縛り付けてでもそばにいてもらうからね?」
かなり本気で真剣に脅すような事を宣言すると、彼女の顔がみるみると赤く染まる。


「………この雨より強く愛してくださいますか?」
「どんな集中豪雨よりスコールより激しく強く君を愛するよ、いつまでも。」
ふたり全身にゆるい雨を浴びたまま。
震える手が俺の背中に回されるのを感じて歓喜する。



「あぁ、それは………渇望したこの慈雨より私を虜にしますね。」






この日より、降りしきる愛がやむことはない。





web拍手 by FC2