「敦賀くーん!飲んでるぅ?」



目に見える数字へのプレッシャーとか
ギッチギチな強行スケジュールとか
冷淡に繰り返される駄目出しとか……
そんな、諸々から解放された喧騒
まだはじまったばかりの打ち上げなのに
酔いに顔を緩ませた監督は
そう言って
ビール瓶を掲げてみせるのだけど……




「すいません、俺、妊娠中なんです。」




と、そうさらっと答える俳優
指さきまで絵になるその男の手には
烏龍茶の満たされたグラス



「妊娠中って、妊娠してるのは奥さんだろう?」
「奥さん、悪阻重いの?」
「お酒の匂いとかが駄目なんですか?」



酒豪だとかザルとまで言われていた俳優の
酒への断り文句に
あちこちから上がる声



「いえ、幸いにも悪阻も軽くて。
規則正しい生活サイクルで前にも増して
元気にしていてくれてます。」



愛妻の体調を語るのは甘い低音




「ひとりで出来るものじゃありませんし
俺も一緒に妊娠中なつもりなんですよ。
俺のお腹にはいてくれてる訳ではないですけど


妻が飲めないでいるのなら俺も
と、少しだけ眉を下げて
世の乙女の心を撃ち抜くかのような笑みを
その秀麗な顔に浮かべると
それに……と、俳優は続ける



「せめて、すぐに
駆けつけれるようにくらいはしておきたくて。」



だからすいませんと
アルコールの誘いに
もう一度断りを告げて



重量級の愛妻家から最強パパへと
めでたくもクラスチェンジを目指す男は
一杯だけとの付き合いと厳密に約束された
この打ち上げの席にて
烏龍茶のグラスを傾けるのだった。






(酷く妻に甘いこの男。愛妻に大丈夫と言われていようとも、妻が愛するセラピーな香りにタバコやお酒臭さなんて混じらせたまま帰宅は出来ないと……いちいち打ち上げな店と自宅の途中で事務所なんかに立ち寄ってシャワーを浴びてから帰宅する徹底っぷりだったりするのだ。)