最上さんが熱を出した。
社さんの車を見送った後、部屋へ帰る気にもなれないまま運転席へ乗り込んだものの……俺と最上さんの関係は先輩と後輩で。
彼女がだるま屋に下宿していた時には夜に彼女を訪ねた事があったけど、今の最上さんは一人暮らし。いくら体調不良の彼女が心配だとはいえ、この時間から俺が行って……いいものだろうか?
演技の神だとか天上人だなんて異常な程に俺を崇め奉る傾向のある最上さんのことだ。お見舞いや看病どころか……気遣いな彼女のことだ、俺が家に行ったがゆえに体調を崩した彼女が俺をもてなそうと無理をしたり、「わたくしの体調管理不行き届きにより偉大なる先輩である敦賀さまにわざわざご足労をっ!?」なんてひれ伏されたりなんて…………
あぁ、でも。
思い出すのは、遠い昔に妖精として出会ったキョーコちゃん。お母さんと一緒に暮らしていなくて、泣き虫で寂しがり屋な女の子。
ひとりを「慣れてる」と社さんに答えたという最上さん。慣れてる、それは彼女の本音だろう。けど、その寂しさや心細さがなくなった訳では決してないのだろう。
手のひらの上のカードキーへ視線を落としたまま、それでもエンジンをかける事も出来ないままで座り込んでいた。
行けとも行くなとも言わないと言っていたが、一人暮らしの最上さんの自宅のカードキーを俺に託してくれたマネージャー。
俺の気持ちを知る社さんが、背中を押してくれたようなものなのにそれでも動き出せないでぐだぐだと情けない自分に嫌気がさして来た……
苦々しい気分でくしゃりと前髪を握り締めた時に、ふとジャケットのポケットに入れていたスマートフォンにやっと思い至った。
そうだ!
通話で最上さんの無事を確かめる事が出来れば……何か必要なものが聞き出せれば、それを口実に一目顔を見るくらい出来るかもしれないし、それでなくても、ラブミー部への依頼で代マネをしてくれていた時の看病のお返しとかなんとか言いくるめて最上さんのお見舞いに行けるかもしれない。
けれど……発熱して体調を崩しているという彼女。もう遅い時間なことだし、眠っているかもしれない。
3コール。三回のコール音の間に最上さんが電話に出なければ、もう彼女は眠ってしまっていると思って諦めて、彼女の体調を心配するメールだけ送らせてもらおうと、そう決めてスマホを操作して耳に当てた。
………………
2回目のコール音の後、通話が繋がった。けれど、最上さんの声は聞こえてこない。
声も出せないくらいに体調が悪いのだろうか?なんて心配しながらも声を掛けると
 
 
 
 
「つるがさん、私……夢をみてるんですよね?」
 
 
 
 
聞こえて来た声。
いつもの溌剌とした弾む声ではなく、寝ぼけたみたいなぼやりと溶けた彼女の声。
その声は確かめるというよりも、どこか願うみたいなイントネーションなもので。
「……夢?」
回復の為の睡眠に微睡んでいたところを俺からの電話で覚醒させてしまったのなら、すぐにまた睡眠へと戻れるように通話を切るべきなのだろうけれど、最上さんの言葉に思わずにこぼれ落ちた疑問の声。
この夜に、最上さんを心配して掛けたこの通話が夢の方が良かったのだろうかと……
 
 
 
「だって……夢なら、許される気がして……」
 
 
 
熱に浮かされた弱々しい声。
何が、彼女に許されるというのだろうか?夢の中でしか許される、何かが?
 
 
 
「夢なら……寂しいって……言っても。」
 
 
 
言葉にしようと吸い込んだ息を飲み込む。
熱を出した、そんな弱った時にさえ……寂しいと、その一言すら許されていなかったのだと、そうこぼした最上さんの答え。
物心つく年頃には母親と生活していなかった彼女。けれど、彼女には幼なじみの王子様とその両親、そして幼なじみの両親が営む旅館の従業員たちと暮らしているのだと言っていた彼女。
その旅館を出て上京してからも……アイツと同じマンションで、そして、つい最近まではだるま屋で大将と女将のお二人とひとつ屋根の下に暮らしていた彼女。
一人ではなかった筈なのに、寂しいと弱音を吐く事が許されないと……そう、思う程になるまで、彼女のひとりの夜の寂しいの声がどれだけ無碍にされ、そしていつからその言葉を彼女が諦め、噛み殺して来た事だろうか……
ゆったりと小さくこぼれ落ちた声が、まるで小さなキョーコちゃんの悲痛な泣き声みたいで、胸が軋む。
 
 
 
 
「……つるがさん……」
 
 
 
 
 
最上さんの俺を呼ぶ、囁きのように掠れた小さな小さな声。
すぅすぅと聞こえる寝入った吐息。
 
 
 
 
寂しいのだと、夢うつつにこぼされた彼女の言葉。
グッと手の中のカードキーを確かめてから、エンジンのキーを回しハンドルを握る。
たまたま今電話を掛けたのが俺だったってだけだろうとも……
誰かに甘えたり頼ったりが苦手なあの娘が
 
 
 
 
 
ひとりのこの寂しい夜に、俺の名前を呼んでくれるなら駆け付けてみせる
 
 
 
 
 
 
 
たとえ、それが世界の裏側からだって
 
 
 
 
 
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あれぇー?
キョコちゃんが眠ってる内にやっしーから横流しされたスペアキーでキョコちゃんのおうちへ……って予定だったのになぁ。
なんだかウダウダと悩みやがってなかなか動き出さないヘタ蓮さんなせいでキョコちゃんのおうちへやっと移動しはじめたとこで終わっちゃいましたとさ。
 
 
 
半分夢の中で電話してらしたキョコちゃんが起きたらベッドサイドで寝てる蓮さん見つけてびっくり!?とか、ひんやりおでこに乗せられた蓮さんのおててを夢だと思ってるキョコちゃんが甘えたりなつもりだったのに、どうしてこうなったのやら?キョコちゃん視点な蛇足を付けようかどしよっか……
_:(´ཀ`」 ∠):
 
 
↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。

 
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