熱は上がったのか下がったのか……
自分ではよく分からない。
どんよりと抜け出せない浅い眠りの中でうっすらと夢を見ていた。
おでこに張り付いた髪の毛が気持ち悪い……けど、身体がだるくて重くて動かすのも酷く億劫で。
そんな時だった。
さらりと、おでこの髪を撫でる優しい指。
ひやりと少しだけ冷たい指さきが熱に茹だった頭に気持ち良くて、私はパチリと目蓋を開いた……つもりだった。
羽の生えたたまごみたいなデザインがかわいくって、お部屋に置いたお気に入りの間接照明がぼんやりと部屋の中を照らしていて……
 
 
 
 
あぁ、これは夢だ。
 
 
 
 
だってそうでしょう?ベッドサイドに私を心配そうに覗き込む敦賀さんがいるなんて。
ふふっと、こんな都合の良過ぎる夢を見てる自分がおかしくて笑ってしまう。
そんな私が不審だったのか、「どうしたの?」なんて夢の中の敦賀さんが私に聞く。
この部屋に敦賀さんが居るなんて事はもちろん。私のおでこの髪を撫でつけて、柔らかな肌触りからあの高級感溢れまくりなハンカチでもってだろう、そっとおでこや首元の汗を拭ったりなんてしてくださってるのも引っくるめて全部が全部おかしいんですよ。
「やっぱり夢だ。だって、敦賀さんが優しい。」
ふわふわとした定まらない私の思考のままを言葉にすると途端に、まるでいつもの俺が優しくないみたいじゃないか?って敦賀さんの整ったお顔に表情が乗るのもおかしくって仕方がない。
だって、まるで本物の敦賀さんがここにいるみたいにリアルなんだもん。
「敦賀さんはいじめっ子ですから。」
と、そう答えてみせる。過去に散々意地悪されたあれそれを思い出しながら。
言葉に詰まったままで神の寵児の麗しいご尊顔に浮かぶ苦虫を噛んだみたいな表情。どこかしてやったり!な感情が胸を満たす。
本当は優しいお方だって解ってる。けど、こんなじゃれるみたいなやり取りが私を心地よく甘やかしてくれる。
それだけで十分。
人間は寝てる間に見た夢のほとんどを目が覚めたら忘れてしまうらしいけど、この優しい夢も忘れてしまうのかしら?
とっても勿体無いと残念にも思うけど、しっかりと覚えてて夢と現実の落差を突き付けられちゃうのも恐いみたいな……そんな事をうつらうつらと考えていた。
お布団からはみ出していた私の手を握る大きな手のぬくもり。
ひとりっきりだった私のそばに居てくれる人。
もう十分にいい夢なのに……
あぁ、本当になんて都合の良い夢だろう。
甘く低い声が私に尋ねるの。
 
 
 
「何か……欲しいものとか、して欲しい事ってある?」
 
 
 
本当に、泣きたくなるくらいに私に都合の良過ぎる夢。
熱に浮かされた茹だった脳が描く身勝手な妄想。
こんなひとりの夜だもの……夢でくらい、夢の中でだけなら
 
 
 
 
 
許してもらえるだろうか?
 
 
 
 
 
*******
 
 
 
 
通話の途中から聞こえ出していた寝息。
眠ったままでいるかもしれない彼女を起こさないようにそっと上がり込んだ最上さんの一人暮らしの自宅。
なんだかんだと理由を付けて社さんと一緒に引越しの手伝いをさせてもらっていたから知っていた寝室へと向かう。
そろりとドアを開けると真っ暗な部屋にすぅすぅと小さく聞こえる寝息。
部屋の照明を付けてしまうと起こしてしまうだろうか?と、少し考え込んだところで見つけたのが床に置かれたフットライト。
羽が生えたそのメルヘンなデザインが最上さんのツボだったんだろうなって、そのかわいい照明のスイッチを押すとぼわりと柔らかで優しい灯が灯る。
熱はひいただろうか?辛くはないだろうか?
ベッドに眠る彼女を覗き込む。
汗で張り付いた髪を撫でながらおでこに触れると感じる微熱の少し高い体温。
 
 
 
 
パチリと、彼女の目が開いた。
 
 
 
 
驚きに悲鳴を上げられたりどうしてここに居るのだと聞かれたら、どう言いくるめたものか……なんて思っていれば、最上さんは言ったんだ。
「やっぱり夢だ。敦賀さんが優しい。」
だなんて、ふにゃふにゃと笑いながら。
半分くらい眠ったままみたいな状態らしく、今も自分は夢の中だと思っているらしい。
おかしくって堪らないって感じに笑い続けている最上さん。
こっちは片想いの女の子の寝室の匂いやら汗で張り付いた首筋に髪とか無防備なパジャマ姿とか熱で赤らんだ頬とか、とにかく色々と心臓と理性に負担が掛かってるってものを……
その上、俺はいじめっ子だから優しいなんてあり得ない。だからこれは夢なんだって言われよう。
いや……うん。出会ったばかりの最上さんにしでかしたあれそれを思い出して過去の自分をぶん殴りたくなる。
過去に積み上げてしまった負の遺産を挽回するにはどうしたものか…………
ベッコリと凹み込んでしまいそうにもなるが、そんな事よりもまず今は最上さんの看病の方が大事だろう!
ふわふわと微睡んだまま笑い続けてる最上さんに聞いた。
「何か……欲しいものとか、して欲しい事ってある?」
枕元に転がっているスポーツドリンクのペットボトルは半分程までに減ってはいるけど、喉は乾いていないだろうか?何か食べたいものや飲みたいものがあるだろうか?
熱がまだ少しあるみたいだけど頭を冷やした方がいいのかな?寒くはないだろうか?
俺が熱を出した時に最上さんはいろいろと用意してくれていたのに……看病し慣れていない俺には何をどうすればいいかいまいちで。
少しだけ、キュッと唇をつぐんだ後、言葉を迷うように彼女の唇が微かに動く。
ん?何か、願いがあるのだろうか?最上さんの声を聞き逃さないように顔を近付けると……
 
 
 
「……ちゃんって…………キョーコちゃんって、呼んで……ください。」
 
 
 
囁くみたいな小さな小さな声で、彼女が望んだのは懐かしい呼び方で名を呼ぶ事だった。
でも、彼女の中で妖精のコーンと俺は別人の筈で……
意表を突かれてしまって咄嗟に声を出せないでいると、彼女の唇が願いの続きを紡ぐ。
 
 
 
「ちゃんと私じゃないってわかってるから。一度でいいから……敦賀さんのたったひとりの大切で特別な…………あのキョーコちゃんみたいに、呼んで……」
 
 
 
うつらうつらと、眠りに誘われるように閉じてゆく長い睫毛。
最上さんじゃない、俺のたったひとり大切で特別な……キョーコちゃん?
彼女の願いの意味もわからないまま、俺の喉が彼女の望みを叶えた声を吐き出していた。
俺のたったひとり大切で特別な女の子の名前を、懐かしい呼び方で。
俺の声が聞こえていたのかいなかったのか……心臓を直撃するみたいなほにゃりとした一緒の微笑みの後、閉ざされたまま開かない目蓋とすぅすぅと聞こえ出した寝息。
硬直したみたいに身動きも出来ないまま、ぐるぐると思考だけが頭の中を巡る。
待てはやまるな!また天国から地獄に突き落とされるのがオチだ!!なんて、もしかしたら……と膨らむ期待を妨げようと学習能力な脳内名医が声を上げているけど…………
もう、手遅れかもしれない。
 
 
 
 
夢の中だって思い込んでいるのだろう最上さんの願い。
最上さんとキョーコちゃんが何故かすっかり別人みたいな不思議なものだったけど
それは……まるで、俺のたったひとり大切で特別になりたいって言ってくれたみたいな……
顔が、身体が熱い。ドキドキと速い心臓の音が耳に煩いくらいだ。
 
 
 
改めて布団からはみ出したままの小さな彼女の手をぬくもりを手の中に捕まえて。
この夜が明けて、最上さんの熱が下がったら……何が何でも聞き出して白状させてみせよう。
 
 
 
 
 
そう、心に決めた。
 
 
 
 
 
✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄
 
 

敦賀さんの想い人=仁子説がすっかり無かった事になってたりですが、まぁ、そこはそれ。あれですよ。
虹ですもの。何でもあり☆ってことでひとつお願いします!


 
発熱の朦朧な夢うつつに、無防備うっかりポロりでキョーコちゃん呼びを強請るキョコさんとか……かわいくないですか!?
とかうっかり妄想しちゃいまして。
( ´艸`)
 
 
朝、キョコさんの目が覚めたら……
蓮さんはいなくて、でも高級感溢れまくりなハンカチやら敦賀セラピーな残り香やらな痕跡がちらほらで。夢じゃなかった?私、何か熱に浮かされて口走ったような……っ!?ってドキドキ真っ赤になっちゃうとかも良いですが……
キョコさんが起きたらベッドサイドにはキョコさんのおててを握ったままの敦賀さんがベッドに頭乗せて寝てたりとかしても良いかと。
んで、キョコさんの少し後に目を覚ました蓮さんが「おはよう、キョーコちゃん」ってにっこりキョーコちゃん呼びにアクセント置いておっしゃりやがるとかも良いかなぁ……なーんて。
そのあたりは読んでしまった貴方さまの妄想がままに委ねます!!
ァ,、'`( ꒪Д꒪),、'`'`,、
 
 

これにて、寂しいひとりの夜なお話はおしまいなつもりにてございまーす。
 

 
↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。

 
web拍手 by FC2