そう言えば……まだ、お見合い中でしたのね?
 
 
 
つらつらとこれまでわたくしが巡って来た『転生』の記憶を辿り、確実に我が身を待ち受ける明るくなど全くない未来を想い、つい鬱々としてしまっておりましたわ。
「キョーコ嬢、大丈夫だろうか?顔色が……」
いつ間にか、ティテーブルを挟んで対面に座っていた筈のレン様がわたくしの顔を至近距離で覗き込んでいましたの。
ひゃぁぁっ!と上がりそうになる悲鳴とドキドキと煩く動揺に揺れる鼓動と滲みそうなる冷や汗、それら全てを瞬時に淑女の笑みの下へと隠し込む。
これでも、『転生』の度に淑女教育されて参りましたもの。どれ程内心で狼狽していようがそれを隠すくらい朝飯前ですのよ。
「大丈夫ですわ。少し、緊張してしまったようで……」
やんわりと笑いながらそう答えると、レン様はまた自分の椅子へと戻ってゆく。
少し冷えてしまった紅茶を侍女が新しく入れ直してくれました。
朗らかに微笑みながらレン様がおすすめしてくださるお茶菓子のケーキを口へ運びましたわ。あら、前までの世界で振る舞われていた高価な砂糖をふんだんに使って富を誇示するようなジャリジャリとやたらと甘いだけのものでない、果実の瑞々しさとふわりとした口溶けのクリームの控えめな甘さが嬉しい。
 
 
 
 
それにしても…………驚きましたわ。
まだ、お茶会の席に残っていらっしゃっただなんて。
 
 
 
 
わたくしは何も好き好んで面白くも楽しくもない過去を振り返っていた訳ではございませんのよ?
これまでの『転生』時のパターンからいくと、その世界でのわたくしの婚約者とのはじめての顔合わせにと用意された席。それは、とてもとても短い時間、終わってしまっておりましたもの。
近頃の『転生』では、特に。
ひとめ、わたくしをご覧になった途端、期待外れだと言わんがばかりのがっかり顔までなさってわたくしの婚約を不本意なのだと……地味でつまらないわたくしでは不釣り合いだと、そう冷たく詰って一方的に席を立ちわたくしを置き去りになさるのですもの。
いつも通り、今回もそうなるのでしょうと、そう思っておりました故の現実逃避。
なのに……今回はどうした事なのでしょう?
固まっていた無表情はどこへやら、嬉しそうにさえ見える王子様スマイルが眩しくさえありますわ。
今回のわたくしの生家、公爵家への配慮……なのでしょうか?
お茶会だけでなく、庭園の散策へとわたくしの手を取りエスコートしてくださっておりますの。
わたくしが薔薇を好むと聞いたと、わざわざ今朝に咲きそめた薔薇のもとへとご案内までしてくださってますわ。
えぇ、薔薇は好きですのよ?…………前世もその前もその前の前も、貴方はわたくしではなくヒロインへと愛しげに薔薇を愛の言葉とともに捧げておりましたけれども。
たわいもないような事を話しながら、王宮の手入れの行き届いた庭園を歩く。ヒールをはいたわたくしの歩みに合わせるみたいにゆっくりとした歩調で。
それはまるで……まるで、あの偉大なる先輩俳優に優しくされているかのようで。
待ち受けている転落の未来との落差に
つい……つい、わたくしの口がぽそりと滑ってしまいましたのですわ。
 
 
 
 
「どうしても……婚約、しなくてはいけないのでしょうか?」
 
 
 
 
だって、わたくしとの婚約が結ばれていなければ……
愛しいヒロインとの恋路を阻む邪魔者にならなくていいのでしょう?
個人的に彼女の事を好きになどなれませんけれど、これまでの『転生』でわたくしは心底懲りたのです。決して彼女を虐げたりなどいたしませんわ。
わたくしが気に入らぬとそうお思いなら、出来るだけ近付く事なく視界へ映らぬようひっそりと生きていきましょうとも。
それで断罪されてしまう未来が回避出来るのでしたら…………
「キョーコ嬢は……俺との婚約が嫌、なのか?」
ぎゅと握られた手と低い声にはっと息を飲む。ぴりぴりと肌に感じとれるかのようやお怒りの感情。
「いいえっ!そのような事っ……も、申し訳ございません!!」
我ながら嘘っぽいとわかりつつ、大急ぎで否定の声を上げる。エスコートの為に手さえ繋がれていなければ、跪いてさえいた事でしょうとも。
王命で申し入れられた婚約、それにこちらから断りを入れりだなんて事をしでかして王家からの不評を我が家へ招く訳にはいかない。
そして、何よりも……わたくしが婚約者となるこの方の怒りを買うのが、何よりも……恐ろしいのですわ。
「…………そう?」
こてんと、小首を傾げわたくしを覗き込む麗しいお方。
にっこりとした優しげなその似非紳士の気配がする笑みが……わたくしの目には、あぁん?お前ごときが俺との婚約を嫌がるだなんて血迷ったことを?と、そう脅しているようにしか見えなくって、王子様と婚約できるだなんてこの身に余る幸運の極みですわっ!と言わんがばかりにコクコクと全力で首を振ってこの婚約を受け入れるとの意をみせる。
「そう。良かった。」
と、仰ったレン様。
ぐっと握られていた手の力が緩み、ほっと安堵の息をこそりと吐き出しているとエスコートに取られていた手が解かれ、するりと……
 
 
 
 
 
 
ひぃっ!?何故っ!?何故、ここでわたくしの腰へ手をまわして抱き寄せたりなどなさいますの??
ぴたりと寄り添わされた体温と、ふわりと香る敦賀セラピーな香り。
訳がわかりませんわっ!?
「やっと、婚約までこじ付けたんだから……」
ふと隣からわたくしの耳へと届く、口の中でぼそりとひとりごとでもつぶやくかのような小さな小さな低い声。
 
 
 
 
えぇと、それは……どういった意味、ですの?
 
 
 
 
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塩対応が待ってる筈が……?なんて混乱するキョコさんをちゃっかり捕獲しやがる腹黒王子的な?
さて、婚約は破棄されるのか?ヒロインはいつ登場するのやら?
猫木にも書いてみないとわかんない☆なのーぷらんっぷりにございますとさ。
ァ,、'`( ꒪Д꒪),、'`'`,、
 
 
 
次回→それはそれでとても恐い、ですの?……か、もしかしたら、何やらちと違ったものに手を出したりなんぞしやがるかも?だったりです。
 _(:3 」∠)_
 

↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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