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その男㊻

気持ちの切り替えはメガネからコンタクトレンズへ。

 

パジャマから練習着へ。

 

そんなことをしなくても、今日は集中できている。

 

さすがにコンタクトは入れておくか・・・と思ったようだが、いまだに着ているのはステテコ。

 

ゴールが見えてきたことによって、俄然やる気が出てきたようだ。

 

現在に近づき、記憶が鮮明になってきていることも後押ししている。

 

苦しい記憶の方が多く、ちょっと落ち込みたくなることもあるようだが・・・・

 

隔離解放まで残り8時間半。

 

 

 

落ち込んではいなかった。

 

焦っていた、その時は。

 

名寄大会から約1週間後。

 

 

「まだ一カ月ある」

 

 

 

 

「もう一カ月しかない」

 

 

にかわっていた。

 

タイムレースの結果があまりにも悪かった。

 

その焦りから、「まだ」と思っていた名寄大会の数日後には、「もう」に変化していた。

 

数日しか経過していないはずなのに、「その男」にはそれ以上に時間が過ぎていたように感じたようだ。

 

年末は、ナショナルチームが「その男」の地元で合宿をしていた。

 

ナショナルチームのウェアに身を纏い、練習をしている。

 

「俺より遅いお前らが、なんで着ているんだ?俺は着てないのによ」

 

という気持ちが湧いてこないほど自信喪失していた。

 

「俺より遅い」とはっきり言いきれる自信がなかった。

 

以前だったらそう思っていただろうに。

 

 

このシーズンも、札幌は雪不足。

 

大会が開催されるかの判断は年明けまで持ち越されていた。

 

「馬場と宮沢に勝てないから中止になってホッとした」昨年とは、ちょっと違う気持ちだった。

 

「今のままでは「まだ」勝てない。」

 

「もし中止になれば、リミットに向けて練習に集中することができる・・・・」

 

中止を願うようなことはなかった。

 

だが、中止になることによるメリットはあると思った。

 

一日何度天気予報をチェックしただろうか。

 

清田区の降雪情報を何度見ただろうか。

 

複雑な気持ちで。

 

たしか1月3日だったはずだ。

 

「札幌大会中止」

 

の一方が入ったのは。

 

「よし、これでまた練習に集中できる期間が長くなる」

 

すぐに練習プランを練り直した。

 

3週間後に迫っている大会に向けて。

 

 

1月中旬。

 

北海道選手権(国体予選)が行われた。

 

何年ぶりの参加だろうか?

 

6シーズンくらいは経過していたと思う、最後に出場してから。

 

北海道内の選手のみの参加ということで、レベルが高いわけではない。

 

 

初日クラシカル。

 

優勝した。

 

久しぶりに。

 

昨シーズンは一度も優勝していない。

 

一昨年シーズン、蛯名にスプリントで勝った50㎞以来の優勝だ。

 

大会規模やレベルを考えると、さほど喜べる結果でもない。

 

それでも少しはうれしかったようだ。

 

 

その夜。

 

 

「時間が会ったら部屋に来ないか」

 

 

驚いた。

 

「その男」も話をしたかったので、連絡をしようと思っていたところだったのだ。

 

やはり「その男」の事を何でもわかるようだ。

 

 

小池先生は。

 

 

「その男」のことを気にかけて、連絡をくれたようだ。

 

ドキドキした。

 

いつも話すときはそんなことは全くないのに。

 

1時間は話し続けただろうか?

 

その1時間のうち、どれだけの時間泣いていただろうか、「その男」は。

 

尊敬する恩師に偽りの気持ちを伝えるわけにはいかない。

 

思っていることの全てを打ち明けた。

 

 

「このままじゃ国内戦ですら戦えない」

 

 

ということも、改めて伝えた。

 

先生からの一言一言が胸に突き刺さる。

 

胸に突き刺さっても感じるの痛みではなく、優しさだ。

 

「その男」を想ってくれる気持ちだ。

 

34歳になりたてのいい大人が、「その男」の子どもと同じように鼻水を垂らしながら泣いていた。

 

そんな姿だって見せることができる。

 

「その嫁」には見せられない、見せたくなかった姿だって。

 

 

「レベルは違うかもしれないけど、やっぱり君が優勝した姿を見ると嬉しかったよ。教え子の優勝は誇らしかったよ」

 

 

レース後は素直に喜べなかった優勝だったが、この言葉を聞いた後、「その男」にとっても喜ばしい優勝となった。

 

 

「小池先生を喜ばすことができた」

 

 

と。

 

久しぶりの北海道選手権。

 

優勝という結果以上のものを手に入れて終えることができた。

 

 

次の大会に行くまで、数日家にいることができた。

 

ワールドカップは変わらず続いていた。

 

年内のワールドカップに参加をしていたのは馬場のみ。

 

しかし、年が明けてからのワールドカップには宮沢も合流していた。

 

日本選手内でFISポイント上位者が宮沢だったためだ。

 

彼にとって、このシーズンのワールドカップでは初戦となるスプリント。

 

映像は見られなかったが、FISのサイトでタイムをチェックしていた。

 

スプリントは距離が短い。

 

故に、タイムチェックの箇所も中間に一か所あるのみだ。

 

コンマ数秒を競うため、わずかな差で大きく順位が変わる。

 

ディスタンスと違い、中間地点からも大きく順位の変動がある。

 

宮沢がスタートしたようだ。

 

画面を見ながら、彼の通過タイムを待つ。

 

スプリントの時にタイムチェックを見ていると、1秒がやけに長く感じるのは「その男」だけではないと思う。

 

中間地点。

 

あまりよくなかった。

 

 

「がんばれ宮沢。まだ中間地点だ。後半で一気に挽回してやれ」

 

 

画面に向かって声を出し応援している「その男」

 

その時だ。

 

 

「本当にそう思っているの?」

 

 

「その男」がドキッとする質問が横から飛んできた。

 

「その嫁」からの質問だった。

 

 

「ん?」

 

 

聞こえなかったふりをした。

 

 

「本当にそうやって思ってる?」

 

 

もう一度聞いてきた。

 

即答できない自分がいた。

 

「その嫁」もまた、「その男」の事を何でもわかるのだ。

 

声を出している「その男」の応援は「偽りの応援」に見えていたのだろうか。

 

 

「本気で応援はしている。それは間違いない。だけどそこで活躍しているのが自分でないのは面白くない。」

 

 

「そういった意味では100%応援できていないのかもしれない。」

 

 

それが「その男」の答えだ。

 

言葉にするのが難しい。

 

この複雑な感情を伝えるのは。

 

決して

 

 

「予選で落ちろ」

 

 

「活躍するな」

 

 

そう思っていないということは理解していただきたい。

 

いくら性格の悪い「その男」であったとしても。

 

 

以前にもあったのだ。

 

昨シーズンのオーベストドルフで行われたワールドカップが終わった夜だ。

 

屈辱のレース後だ。

 

いつものように連絡をしたとき。

 

 

「私の事、恨んでる?」

 

 

一瞬固まった。

 

なんでわかるんだ。

 

「その男」と一緒にいるわけでないのに。

 

その時はテレビ電話でなかったので、表情は見えずに声を聞いているだけなのに。

 

そうだった。

 

レース後に気持ちを落ち着かせることができていなかった「その男」。

 

その時は「その嫁」の事を恨んでいた。

 

 

「その男」のスキーをいつも第一に考えてくれている「その嫁」を。

 

 

あれだけサポートをしてくれ、子どもたちの面倒を見てくれ、「その男」のわがままに付き合ってくれている「その嫁」さえも。

 

 

何でもバレてしまうんだ、「その嫁」には。

 

「その男」が家では決して見せないように心掛けている弱い姿も、嫁にとっては全て見えていたはずだ。

 

 

その男㊺

現地から、リアルな情報の到着だ。

 

クロスカントリー史に残る出来事だと思う。

 

オーベストドルフ世界選手権の50㎞、ゴールシーン。

 

クレボとボルシュノフの件だ。

 

現地はどういう見解なのかと気になっていた。

 

そこで、ノルウェーに住み、リレハンメルのワールドカップには応援に駆けつけてくれた、「その男」の知人、内林さんに聞いてみた。

 

内林さんの知人のノルウェー人に聞いてみたところ、

 

 

「50㎞走って、ラストで失格は残念だけど、クレボはまたいつか優勝するから大丈夫」

 

 

失格の基準や、妨害という行為に関しても、微妙だと思っているらしい。

 

直線に入る前はボルシュノフがトップで、あのシーンがなければポールが折れることもなかったという状況も含め、クレボが訴えを取り下げたことにはほとんどのノルウェー人が良かったと思っているように、話を聞いていると感じるそうだ。

 

これは一般人から聞いたため、スキー関係者の反応は違うのかもしれないといっているが、一般人の意見はまた今度優勝できるから大丈夫だよねくらいの感じらしい。

 

あのシーンをすんなり受け入れ、むしろ将来に期待してしまうノルウェーの一般人の意見。

 

やはりノルウェーは「スキー王国」だ

 

 

 

違和感を感じた。

 

自分自身の姿に。

 

 

「ワールドカップ開幕戦、ルカ」

 

 

を画面越しに見ている自分の姿に。

 

 

「本当にワールドカップやってるんだ・・・」

 

 

違和感を感じたのは、画面越しに見ている自分の姿だけではない。

 

どこか他人事のようにそのレースを見ていることにもだ。

 

 

「うわークレボやべぇな」

 

「ボルシュノフ速いなぁやっぱり」

 

 

久しぶりに見る世界最高峰の戦いに興奮をした。

 

しかし、あまり悔しさを感じていなかった。

 

以前ならそんなことはなかったはずだ。

 

 

今、「その男」は文章を書きながらこう思ったようだ。

 

「そういえば最近、レース後に泣くことが減ったな」

 

と。

 

メンタルが強くなったわけではないのに。

 

ドライな男になったわけでもないのに。

 

そういうことだ。

 

 

「一喜一憂しないで、次を見ます!」

 

 

誰よりも感情の波が激しかったのはそう言っている「その男」だ。

 

スキーでのスピード練習。

 

蛯名との差が開いたときには安心した。

 

逆に負けるときには落ち込んだ、不安になった。

 

 

ベーストレーニング。

 

数キロの周回となている旭岳のコースだが、蛯名やマサトと周回ごとにすれ違うところを確認していた。

 

 

「さっきよりも近くですれ違ってる、いいぞ。」

 

 

「さっきよりも離れたな・・・走りが悪いのか」

 

 

そんなことにさえ反応してしまっていたのだ。

 

 

その時の、「その男」のブログには

 

「相変わらずゆーっくり、じーっくりと乗っています」

 

なんて書いていたのではないだろうか。

 

強く「見える」選手を演じるために。

 

現実は

 

相変わらずスキーを滑らすことができていなかった。

 

スキーを利用することができていなかった。

 

ただスキーの上に乗っているだけだった。

 

 

合宿先は、旭岳から白金へ。

 

宿泊先の食事が立派だった。

 

「こんなに食べていいんですか?最高じゃないですか!」

 

何が最高なんだろう。

 

この時期に「日本」で食べる豪華な食事を食べることが。

 

 

「マズイなぁ今日も。またパスタか。野菜はパサパサだし。何も食べるもんないぞ!」

 

 

そう言いながら、ワールドカップ会場のルカで食べる食事のほうがよほど最高ではないだろうか。

 

 

白金から白滝へ。

 

大会に参加する予定だったが、中止となってしまった。

 

その変わりに、数名でタイムレースを行った。

 

ひとつ前にスタートした蛯名がぶっちぎって優勝。

 

「その男」は確か5位くらいだった気がする。

 

2分は遅れていた。

 

何人か前にスタートした選手を最後の周に抜かしたが、最後までついて来られた。

 

以前であればその選手は、すぐに離れていただろう、遥か遠くに。

 

ゴール後は相変わらずヘラヘラ。

 

「いやー、キッツいですね!最後の周はやばかったですよ、蛯名は前から消えるし!」

 

だが以前よりもヘラヘラするまでに要する時間はかかっていた。

 

落ち込むことが増え、ヘラヘラモードに切り替えるのに時間がかかるようになっていた。

 

 

スケーティングもトップだったマサトから何分も遅れた。

 

順位も何分遅れたかも記憶にない。

 

覚えているのは

 

「マサトってこんなに速かったっけ?」

 

と思ったことだ。

 

あとは、

 

「早く家に帰りたい」

 

のようだ。

 

この家に帰りたいという考えに、家族に会いたいという意味合いはさほど強くなかったと思う。

 

 

このシーズンの公式戦初戦は名寄大会。

 

例年より一カ月以上遅れての初戦だ。

 

これも運命のいたずらなのか?

 

「その男」の一つ前スタートが馬場。

 

 

「やめてくれ、なんであいつの近くで走らなければならないんだ。くらべられるだろ。俺の走りの悪さがはっきりするだろ」

 

 

変わらないネガティブ。

 

案の定だ。

 

スタートした直後は15秒前(スタートのタイム差)にいた馬場は、長い上りが終わる2㎞ほどの地点ですでに見えなくなっていた。

 

会場の大きなグラウンドで彼の姿を見た時にはすでにコースの反対側にいて、軽快に会場を出ていくところだった。

 

結果は5位だったはずだ。

 

白滝でのタイムレースがひどすぎたせいだろうか。

 

 

「よし、思ったよりも悪くなかったぞ」

 

 

と思っていたのは。

 

 

「その男」には、明確なリミットがあった。

 

1月下旬までにしっかり走れなければいけないと。

 

「まだ一カ月ある、大丈夫だ」

 

そう考えていたようだ。

 

「まだ」一カ月なのか。

 

「もう」一カ月なのか。

 

「もう」と思わない「その男」は少し楽観的だったのかもしれない。

 

もっと集中しろ。

 

 

名寄のレースが終わってからは、「その男」の地元で合宿をした。

 

大会は中止になってしまったが、札幌に帰っても練習をするには雪が足りないからだ。

 

ここでも大会の変わりにタイムレースをした。

 

 

クラシカル。

 

後ろから来た2選手に早々に抜かれた。

 

この日はいつかの全日本選手権のように、猛烈な雪。

 

その後のレースもいつかの全日本選手権のような展開。

 

ずっと後ろをついていって、そのままゴール。

 

あれだけ雪が降れば後ろにいるとなかなか離れない。

 

前の選手がダブルポールで必死に押している時に、後ろでクローチングを組んでいたくらいだ。

 

 

それでも

 

「最後までついていくことができた」

 

ということに安堵した。

 

翌日のスケーティング。

 

後ろから来た選手にまた抜かれた。

 

5㎞もしないで。

 

昨日のクラシカルで抜かれた2選手と比べると、実力は劣るその選手。

 

ついていくことができなかった。

 

「あれ、こいつってこんなに速いっけ?」

 

離れ始める時に思った。

 

ちがう、自分が遅いんだ。

 

速く動こうとすればするほど、強く押そうとすればするほど、体が遅れる。

 

最終的には練習ペースと同じようなスピードになっていた。

 

 

ゴール後。

 

ワックスマンが待ってくれていた。

 

「どうだったスキー?ごめんな、良くなかったしょ」

 

「その男」の結果を見てスキーが悪かったと判断したのだと思う。

 

それは違う。

 

全く違うんだ。

 

直視できなかった。

 

申し訳なくて。

 

ワックスマンが朝早くから会場入りして仕上げてくれたスキーを、気持ちの入っていない選手が使用していたことが。

その男㊹

ついに始まったようだ。

 

部屋を出る準備が。

 

明日の出発に向けて片づけが始まった。

 

「その男」は遠征先でもそうだが、帰宅が近づくとソワソワしてしまい、準備を早い段階で始めるようだ。

 

今回も例外なくソワソワしている。

 

ただ、

 

このブログが無事にゴールできるかということにも。

 

あと・・・3回?4回?いや5回?の更新でゴールをできるだろう。

 

苦手なスプリント勝負が近づいてきてるぞ、「その男」

 

 

正しい言葉の使い方なのかはわからないが。

 

「その男」は「野望」をもってこのシーズンの臨んだ。

 

 

状況が大きく変わることはわかっていた。

 

 

「ナショナルチームから外れる」

 

 

昨シーズンの成績不振によってだ。

 

近年はナショナルチームの指定選手になるための基準数字で明確に表記されている。

 

オリンピック派遣標準と同様のように。

 

FISポイントという、レースのトップからのタイム差で加算されるこのポイント。

 

このFISポイントランキングで指定が決定するのだ。

 

年代に応じて基準ランキングが示されており、若いほどその基準は緩くなる。

 

先を見据えるのであれば当然だ。

 

「その男」がナショナルチームに入るためのランキングには全く及ばなかった。

 

 

ちなみにだが・・・・

 

FISポイントは大会カテゴリーで獲得できるミニマムポイント(最も良いポイント)が決まっている。

 

ワールドカップ、世界選手権、オリンピックは無条件で0点。

 

低ければ低いほど良いのだが、世界最高峰の戦いとなるので当然だ。

 

一方。

 

日本でも開催されるFISレースのミニマムは20点。

 

FISレースのミニマムは、日本では何点、ドイツでは何点などと定められているわけではない。

 

規模、レベル、国に関係なく世界共通で20点なのだ。

 

詳細は書かない(わからないので書けない)が、FISレースでのFISポイントはトップ5に入った選手が持っているポイントを元に計算される。

 

その計算でポイントが20点以下となった場合でも、FISレースのミニマムは20点なので、20点以上良い点数が取れない。

 

世界のトップも出場するノルウェーのFISレース。

 

トップ5に入る選手はほとんどが世界最高レベルの選手なので、単純に計算するとFISポイントは一桁前半だ。

 

それでもFISレースのミニマムは20点。

 

一方日本

 

良いポイントを持っている選手が少ないため、日本のレースで最もよいポイントをとれたとしても、ミニマムの20点までは達することはない。

 

30点前半くらいではないだろうか?

 

日本のレースで獲得できる30点前半をもしノルウェーのFISレースで獲得したとする。

 

それはそのFISレースでもトップ10に迫る順位だろう。

 

ノルウェーのFISレースでトップ10に入るということは、ワールドカップでも10~20位に入れる力があると「その男」は思っている。

 

日本のFISレースで30点前半のポイントを獲得した順位、すなわち優勝した選手がワールドカップに出場したとする。

 

そうすると、何位くらいになれるのだろうか?

 

ちなみにワールドカップ(ミニマム0点)でFISポイント30点前半を取ることができれば、レースにもよるが30位以内に絡むことのできる順位だと思う。

 

FISポイントは数字で出るので、非常にわかりやすい。

 

しかし、「日本で取る」FISポイントと、ワールドカップ、海外のFISレースでとるポイントは別物だと思ったほうがいいと「その男」は考えている。

 

 

一つ断っておく。

 

「海外を転戦していて、レベルが高いから良いFISポイントをとれなかったんだ。日本の方がポイントを取りやすいんだ。だから自分はランキングを落としてしまったんだ。」

 

そう言いたいわけではない。

 

その要因が事実としても、昨シーズンの「その男」は国内戦でも優勝できなかったレベルまで落ちていた。

 

 

「その男」なりのメッセージだと理解していただきたい。

 

 

 

話はいきなりそれていたが・・・・

 

ナショナルチームを外れるということ。

 

それは

 

「ワールドカップに出場することができない」

 

ということだ。

 

シーズンインを当たり前に海外で迎え、FISレースに出場して、そのままワールドカップへ。

 

10年以上続いたこの流れがなくなる。

 

シーズンインは旭岳。

 

いつもの周りにいるのは世界のトップ選手ではない。

 

日本の中学生、高校生、大学生選手だろう。

 

「「その男」さん、なんで旭岳にいるんだ?」

 

なんて思う選手もきっといるだろう。

 

「昨シーズン全然だめだったからな」

 

なんて目で見る選手もいるのかもしれない。

 

それらを受け入れなければならない。

 

 

その後場所を移動して白滝大会。

 

名寄大会、「その男」の地元での大会・・・・

 

国内レースを転戦しなければならなかったのだ。

 

それはオフシーズンが始まる段階ですでにわかっていた。

 

その変化を受け入れなければならない。

 

華々しい世界の舞台で走っていた「その男」が、国内にとどまりシーズンを過ごすことを。

 

もう一度ワールドカップが「テレビの世界」に戻ってしまうことを。

 

全てを受け入れなければいけない。

 

その覚悟はあった。

 

「その男」には「野望」があったのだから。

 

その「野望」のためであれば、「その程度」の事は受け入れられる。

 

「その男」が長い間かけて築き上げてきたことを捨てた。

 

プライドを捨てた。

 

 

 

「つもりでいた・・・」

 

 

オフシーズンの練習が始まる。

 

うまくいかない時ほど考えてしまった。

 

「あの時は良かった」

 

ナショナルチームのメンバーが合宿している姿をSNSで見て思った。

 

「うらやましい」

 

気が付けば、見ると嫉妬してしまう投稿を、表記されないように設定していた。

 

「蛯名、ずいぶんよく見えるな。マサトってこんなに速かったか?」

 

他人と比較した。

 

「その野望」を達成するためには、他人に順位で勝つことは必要だ。

 

だが、それ以前に自分自身のネガティブな気持ちに打ち勝たなければいけない。

 

それでもダメな時には、すぐネガティブになってしまった。

 

 

「そんなところでビデオとっても意味ないんだよ!なんであんな所にいるんだよ。最後のところ取ってくれよ!」

 

スピード練習後に吠えた。

 

本田さんにだ。

 

うまくいかない、気持ちよくいかない自分のイラ立ちをぶつけてしまった。

 

やれることは全部やりたいと、いつも全力で「その男」をサポートしてくれていた本田さんに。

 

怪我をしていた時期でもあり、さらにストレスがたまっていたようだ。

 

このシーズン、数年振りに福士さんが「その男」の所属するチームに戻ってきた。

 

驚いたと思う。

 

色々な意味で「その男」が変わっていた姿に。

 

 

時間の経過とともに、走りはさらに悪くなった。

 

ローラーコースで春先に行ったスケーティングでのタイムレース。

 

僅差で蛯名に勝った。

 

しかし、次のタイムレース以降、蛯名には一度も勝てなかった。

 

以前もクラシカルのタイムレースではほとんど蛯名に負けていた。

 

だが、スケーティングは「その男」のほうが断然勝っていたはずだ。

 

スピード練習が怖い日もあった。

 

「今日もまた蛯名に負けるのかな・・・」

 

いら立った。

 

自分自身にではなく。

 

自分に勝つ蛯名にさえもイラ立ってしまうことがあった。

 

「きっつかったー!いやーぶっちぎられてしまいましたよ、蛯名に!」

 

なんでそんな姿を演じるのだ、ブログの中のもう一人の「その男」

 

何を気にする、誰を気にする。

 

「その男」は強い風を演じなければいけないと思っていたのか。

 

 

「ブログでヘラヘラして落ち込んでない姿をみせたら、実は本気で走ってないと思ってもらえるかもしれないじゃん?」

 

「本気で走ったら全然違うんだぞって思ってくれるかもしれないじゃん?」

 

 

もう一人の「その男」はそう考え、いかにも気にしていないかのようにブログを書き綴っていたようだ。

 

本当は些細なことにもすぐ反応してしまうのに。

 

 

例年以上にビデオを見る時間が増えた。

 

昼食後から午後の練習までの間、ずっとビデオを見ることもあった。

 

スマホにはいっている、「うまく走りを修正できた」動画と見比べながら。

 

「いまだに忘れられない感覚」の時の走りの映像と見比べながら。

 

だが、変わらない。

 

何度変えようとしても、何度試行錯誤しても変わらない。

 

「トライアル&エラー」

 

ひたすらエラーが続いた。

 

 

昨シーズン中からネガティブな気持ちや行動が変わらず続いていた。

 

走りもよくならない。

 

 

それでもこのオフシーズンを過ごすことができたのは

 

「野望」

 

があったおかげだ。

 

ダメになりそうなとき、ダメになったときにも「その野望」があったおかげで何度も立ち直ることができた。

 

 

時間は経過し、シーズンインを迎えた。

 

旭岳でのシーズンインを。

 

その姿を見ただけで涙が出た。

 

 

小池先生が立っていた。

 

 

昨シーズンオフに会いに行って以来の再会だ。

 

近況報告や雑談の後、質問された。

 

「どうだ、走りは?」

 

 

その男は断言した。

 

 

「全くよくありません。今のままでは日本国内でも絶対に通用しません」

 

もう一人の「その男」が記すブログのようには答えず、隠すことなく伝えた。

 

小池先生にだけは素直に答えなければいけなかった。

 

自分の尊敬する人なのだから。

 

本当にそう思っていた。

 

びっくりしたようだ。

 

シーズンインをしてスキーを履いたその初日、あまりにもスキーに乗ることができなかったことに。

 

「初日ということでゆっくり、慎重に乗ってきましたー!ゆっくりだったのでたくさん抜かれて周りの選手が速く見える!!」

 

なんて書いていただだろ、もう一人の「その男」は。

 

意識的にゆっくり走っていたのは事実。

 

しかし、

 

スキーに乗ることができなくて、ゆっくり走ることしかできなかったのも事実だ。

 

周りの選手が速く見えた。

 

これもまた紛れもない事実だ。