…その写真は、あまりにも試し撮りにしては鮮やかすぎた。

画面に映った写真を見たとき、

(この鮮やかさは、あのキャンドルの色合いの鮮やかさだけのせいじゃないな…)

僕はそう確信した。

彼女の鮮やかさが、この聖夜に(…正確には、今日は前夜なのだが)花開いた、そんな気がしてならなかった。

果たして、その彼女の鮮やかさが、何か僕の変化によるものなのか、そんな彼女そのものの鮮やかさなのか。

とにかく、あの写真を見た時の衝撃にとらわれて、普通ではなくなっている僕の心に、その判断をしろというのは、少し難しいことだった。



彼女に向かって親指を立てて、

「…試し撮りにしては、もったいないくらいだよ」

そうつぶやいた僕の声に、彼女は笑って、こう言った。

「…綺麗だって言ってくれてありがとう」

そして、くるりと僕に背を向けて、彼女はまた東京タワーを見上げたあと、少しだけ目で後ろにいる僕を見て、

「…ちょっと、隣に来てくれる?」

ためらいがちな声で彼女が言った。

「どうしたの?」

そう言いつつ、僕は彼女の声の通りに彼女の隣へと足を進めた。


そして、彼女は、少しだけ顔を赤くしながら、こう言った。

「…明日、暇?」

唐突な彼女の言葉に、僕は思わず吹き出した。

「な、なんで笑うの!?」

「…え、なに、ナンパ…?」

「ちーがーうー!てか、とりあえず質問に答えて!!」

そうして、僕が、

「うん、暇だよ」

と、少し間をおいて答えると、その声に彼女はなぜか目を輝かせて、こう言った。

「そっか!…じゃあ、また明日、ここに来ようよ、2人で!」

「…え?」

「今日はもう遅いから、帰らなきゃだけど、今度はもっと遅くまでいられるように、親にも話しておくからさ、明日の夕方、またここに来て、展望台に一緒に上ろう?」


そういえば、時間なんてもの、すっかり忘れていた。

携帯を確認すると、もう、夕方5時半過ぎ

(僕はまだしも、確かに彼女はそろそろ帰らないとまずいか…)

そう思って、僕は笑顔で彼女の言葉にうなずき、こう言った。

「じゃあ、明日の4時、ここで待ってるよ」


「…うん、わかった!じゃあ、またね!」

そう笑顔で言った彼女は、くるりと背を向け、僕に向かってひらひらと手を振ったあと、聖夜の街へ消えていった。


「…あ」

…そうして彼女と別れたあと、あることを思い出した。

「あいつ…、言いたいことって何だったんだろうな…?」



翌日、夕方4時

彼女はまだ来ていないが、僕は昨日の約束通り、ライトアップされた、東京タワーの前に立っていた。



今日は12月25日、クリスマス当日。

昨日の慌ただしさよりも、さらに慌ただしい雰囲気を持った街には、冷たい風が吹いていた。

「うぅ…、寒っ…」

北風は容赦なく、問答無用で、僕に冷たい風を送ってくる。

なんとなく、この寒さのなかに眠気まで出てきた。


やばいな…、と思っていると、

「お待たせー!」

という声。

ふと顔を上げると、彼女が走ってきているのが見えた。



「ごめんね、準備に時間かかっちゃって…。待ったよね?」

なんか泣きそうな顔で彼女が言う。

「いや、そんなに。寒かったけど…」

僕は笑顔で答えて、昨日と同じように彼女の頭を撫でた…、と思ったら。

「…ひゃあ!」

彼女が変な声を出した。

(あれ…、今なんか変なことしたか?いやいや、昨日はそんなことなかったし…)

そう考えて、はっとした。

そういえば、コートのポケットのなかに入れたままで、手袋をし忘れていたのだった。

「あ…、わり、手、冷たかったか?」

そう慌てて聞いた僕に、彼女は顔を赤くして一言、

「…バカ」

と言って、またすぐ笑顔になり、

「…でも、頭撫でられるのは好き!」

と言って、東京タワーの入口へと走り出した。

「あ…、おい!急に走んなって!!」

…やれやれ、天真爛漫すぎだ。



…このあと、なんとか彼女に追いつき、入場券を一緒に購入して、展望台に向かうエレベーターに乗り込んだ。

もう外は日没を迎え、だんだんと暗くなりはじめている東京の街を見下ろしながら、エレベーターはどんどん上昇していき、しばらくして、エレベーターは展望台に到着した。

やっぱりすごい人だ。
というか、8割方カップルだ。

まあ、クリスマスだから。

それはさておき、エレベーターを降りると、夜景はもうすぐそこに広がっていた。

「「わあ…!」」

2人とも、それ以外の言葉は出ず、ただ、見とれながら、展望台の窓際へと足を進めた。

そして、僕の頭のなかでは、ある曲の一節が浮かんできた。

《街はまるでおもちゃ箱 手品みたいに 騙すように隠すようにきらきら光る》

「…本当におもちゃ箱みたいだな」

東京タワーから見下ろす、きらきらと光る街並みは、まさにその歌の一節そのものだった。

「おもちゃ箱?」

隣に立った彼女が言う。

「知らない?BUMP OF CHICKENの『Merry Christmas』」

「あ、昔、教えてくれたベスト盤に入ってたね!」

…言われて、ああ、と思い出した。
あれは小5の時だっただろうか。

BUMP OF CHICKENがデビューしてから2010年まで、14年分のベストアルバムをリリースしたとき、すぐに彼女の兄がCDを借りてきて、いいアルバムだ、と、僕と同じくBUMP OF CHICKENのファンだった彼女の兄と2人で彼女に教えたのだ。


「あれ、すっごい良かったよ!」

目をらんらんとさせてそう言う彼女が、なんだかおかしかった。


…さらにそのあと、十数秒の沈黙をはさんで、彼女が夜景を見つめて、遠い目をしながら、笑顔で言った。

「…そういえば、そんな歌詞だったね、あの曲」

「…きれいな世界観だよな」

「でも、あたし『スノースマイル』の方が好き。…なんでか分かる?」


…そう言った彼女の唐突な質問に、僕は気の利いた冗談すら出ぬまま、はにかむことしか出来なかった。


「…わかんない?…じゃあ、教えてあげる」

そう言って、彼女は僕の手をとり、着ていたコートのポケットのなかに引き込んだ。

「え、か、佳奈ちゃん…?」
「…『スノースマイル』の歌詞にこのシーンあるでしょ?」

これも、言われて、ああ、と思い出した。

確かに、冒頭にこのシーンがある。

正確に言うと、歌詞のなかでは、彼女の手はコートのポケットのなかに入っていないが。

…あれ、待てよ…。
だとしたら…!!


僕は恐る恐る、彼女に1つだけ聞いた。

「…ねぇ、佳奈ちゃん。もしかしてさ…」

そこから先は、あえて、なにも言わなかった。


すると、彼女はまた十数秒の沈黙のあとで、恥ずかしげにこう言った。

「…ずっと前から好きでした」


その瞬間、一度だけ、時が止まったような気がした。


「…佳奈ちゃん」

…東京タワーからの帰り際、僕は彼女のことを呼び止めた。

「なに?」

彼女は、くるりと僕の方を振り向いて笑った。

「…いつから、だったの?」
僕は、あえて彼女から目をそらして聞いた。

そして、彼女は笑顔で答えた。

「…最初から、だったんじゃないかな」

「え…?」

「気づいたときには、当たり前だけど、お兄ちゃんがいてさ―」

「…うん」

「―さらに気づいたときには、もう好きになってたんだよね。だから、きっと最初から好きだったんだと思う」


…そう言った彼女を見つめながら、僕もまた彼女に恋をしていたことに気がついた。

昨日撮ったあの写真の鮮やかさの意味が、彼女の想いを聞いた今なら分かる。

あれは彼女自身の鮮やかさと、そしてもう1つ。

『恋』の鮮やかさだったのではないだろうか。


ふわり、と身体が軽くなり浮いていくような感覚。

どこかくすぐったいような胸のざわめき。

…これは恐らく、いや、間違いなく。

(…なるほど、やっぱりか…)

そうして、しばらく考え事をしていた僕は、ふっ、と笑い、僕の前にいる彼女にこうとだけ伝えた。

「…愛してるなんて、ベタなことは言わないよ。…ただ、このキャンドルがある限り、僕は佳奈ちゃんのこと好きでいるから」

それを聞いた彼女はにっこりと笑って一言、

「…あたしも」

とだけ言って、また笑った。



…そうこうしている間に、もう夜も遅くなってきた。

「…そろそろ帰ろうか」

「…うん、そうだね」

2人ともこう言って、

「…それじゃあね」

と、帰ろうとして、僕はためらった。

ここは、やっぱりあの言葉で。


「…佳奈!!」

歩き出していた彼女をもう一度呼び止める。

そして、振り向いた彼女に一言、僕は笑顔でこう言って別れた。

「…メリークリスマス!」

…少しだけ、彼女の目は潤んでいた気がした。
(終)