11月26日午後1時から、日本女子体育大学で
「スポーツを探求する人へ」と題し、
本年亡くなられた加賀谷淳子先生のメモリアルフォーラムが行われました。

加賀谷先生は皆様ご存じのとおり、
「運動時の循環調節」の分野をはじめ、数多くの学術業績をお持ちで、
多くの科学書で加賀谷先生らのチームが取得されたデータが掲載されています。
ハンドグリップ掌握運動と足底屈運動…という文字のあるスポーツ科学書の図表に、
高確率で「A.Kagaya」と記してある図に出会いますが、そのご本人です(笑)。
長年に渡り、日本女子体育大「基礎体力研究所」を拠点として、
世界を舞台に研究を展開された方ですね。

本年、残念ながら先生が他界されたことから、
このフォーラムが加賀谷先生の愛弟子の皆様によって進められました。
その中に、「半熟隊」メンバーであり、
現在鹿屋体育大教授であり、日本トレーニング科学会・会長でもある荻田太先生も、
これまでの研究成果を発表されていました。
荻田先生は大学院修了後、日本女子大で助手をされていて、
その当時加賀谷先生のご指導を受けられたとのことです。
ちょうど半熟隊結成の頃の話です。

私自身が加賀谷先生と直接のつながりがあるわけではありませんが、
私の学会デビュー戦となった大学院2年次、1999年の熊本の日本体力医学会。
我々の研究室の院生たちの発表反省会の場に、
指導教官の浅見俊雄先生が、なんと加賀谷先生とそのお弟子さんたちを引き連れて居酒屋に来られました。
私は同僚たちと「あ、あれがあの加賀谷先生か」と驚いたのを覚えています。
当時すでに加賀谷先生は、我々院生にとって「論文上の偉人」でしたので、
挨拶程度しかできませんでしたが、
浅見先生と同様に非常に温かい眼差しをお持ちの先生だな…という印象がありました。
直接教えを乞うたことはないにせよ、
様々な論文や著書などを通じてご指導いただいたようなものなので、
本学から近場での開催ということもありまして、
参加させていただいた次第です。

まず、直接の愛弟子にあたる定本朋子先生(日本女子体育大)より開催趣旨が伝えられましたが、
「If you believe in the impossible, the incredible can come true!」
という言葉通り、加賀谷先生を「探求し続けた人」であるというお話をいただきました。
そして、その先生に相応しい「未来志向」のフォーラムとして、
ご専門でもあった「運動持続機能の探求」のセッションと、
生前様々な学会や学術会議など日本の体育・スポーツの社会的意義を問い続けられたという視点から、
鹿屋体育大の福永哲夫教授の講演が行われました。

まず、愛知学院大の斉藤満先生より、
「循環について語り合う会」を始めた際の経緯や、
そのやり取りの中から多くの研究が実現したことなどのエピソードが紹介されました。
今よりも測定機材が手薄な時代、どのように工夫して運動時の循環調節を測定されていたか、
また、近年になって科研費によって「一番性能の良い測定機材」を揃えて、
亡くなる直前まで精力的に研究プロジェクトを運営されていた中で、
「知るを楽しむ」の一言で先生の研究プロセスが構築されていたということでした。
特に、どんなに多忙を極めても、院生や助手の人たちに実験を任せるのではなく、
自らも実験に出向き、被験者の様子を直接観察されたというエピソードから、
現場を非常に大事にされる先生だったのだな…ということがわかります。

荻田先生からは、「競技力向上を目的として高強度トレーニング」と題し、
有酸素性エネルギー供給能力と無酸素性エネルギー供給能力を同時に向上させるために、
どのような研究を行ってきたかについて、
実際の実験風景なども見せながら得られた知見の紹介がありました。
荻田先生曰く、そもそもインターバルトレーニングとは
「ATPを作る(あるいは再合成する)速さ」
を伸ばすものであり、
その構成要素の一つである「運動強度」とは
「単位時間当たりのエネルギー供給」を表すと定義することができるとのことでした。
ちょうど、インターバルトレーニングの研究が進み、
「持久力はこの手法で」「スピードはこの手法で」…という研究が盛んに行われていた1990年代に、
「Tabata Protocol」と呼ばれる、田畑泉先生作成のプロトコル(150~170%最大酸素摂取量強度で20秒運動+10秒レスト×8セット以上)が、
有酸素・無酸素の両エネルギー供給能力改善に効果的であるとのことで、
非常に画期的な方法として注目されました。
(以下、VO2maxと記しますが、ドットがつけられないのと2を下付にできませんので、そのまま記すことをお許しください)
Tabataプロトコルの特徴は、運動時間を短くしてVO2Max強度以上の高強度刺激を課しつつ、
休息時間を短くすることで、呼吸によるエネルギー再生を比較的少なくした状態で、
できる限り高い運動強度を最後まで保たせるものです。
20秒を8セットですから、実質の運動時間は2分40秒と、
今までのトレーニングに比べて非常に短いことがわかりますね。
しかし、150%VO2maxというと、運動時間が短いために実際の1セット終了後の酸素摂取量は、
100%VO2maxには届きませんが、数セットこなしていくうちに100%を超える強度になります。
おそらく4セット目くらいから、運動終了後に目の前が真っ白になるくらいの体感になるでしょう。
(やってみれば分かります)
荻田先生はそれらを流水プールで競泳選手を対象にトレーニング実験を行い、
確かにトレーニング前に比べて有酸素・無酸素作業能力が向上し、
特に100や200mにはタイムアップに貢献できそうだとの結果を残されましたが、
50mのような超最大努力を要するパフォーマンスの向上のためには十分でないとの見解から、
新たなインターバルトレーニングとして、
「300%VO2max強度で5秒運動+10秒休息×5回」というプロトコルを作り、
自転車選手とスイマーそれぞれに課してトレーニング実験を行ないました。
その結果、Tabataプロトコルではなし得なかった、
最大無酸素性パワーと最大酸素借、
そして僅かではあるけれどもVO2maxも有意に増加したとのこと。
たった5秒の全力運動ですが、
最終セット後の酸素摂取量は96%VO2maxに至るほど苦しい強度になります。
そして50mのパフォーマンスも伸ばすことができたとのことでした。
その要因としては、ストローク頻度を増やすことに貢献(ピッチがあがるようになった)したようです。
このあたりの結果が延べられると、
会場で聴講していた水泳部らしき学生たちからも驚嘆の声が漏れていました。
是非、早速実践して欲しいものですね。
「300%VO2max強度」がどれだけ苦しいかもわかると思います(笑)。
実はこの話、競泳コーチ養成研修や、
資格更新のための研修などで、直接先生の講義を聞かれたかたは覚えがあると思います。
個人的には、多くの競泳コーチが知るべき知識かな…とも思います。

荻田先生は、日女体在籍時代、多くの実験の被験者もされたようですが、
そういった実験のプロセスの中で加賀谷先生から
「体育はやっぱりパフォーマンスよね」
と言葉をもらったことがあり、
「それが私にとって最大の褒め言葉だった」と語っておられたのが印象的でした。

このセッションの最後の演者は、国立健康・栄養研究所の宮地元彦先生でした。
加賀谷先生との研究プロジェクトを行っていた時代の話しから、
近年、日本体力医学会などでも宮地先生らのグループが報告した、
最大酸素摂取量を基準にした高齢者の健康寿命についての
大掛かりな調査・研究を中心に紹介されました。
特にショッキングだったのは、平成7年では16~19歳のVO2maxの低下が激しく、
13歳に抜かれているとの報告です。
近年は若干改善されているのではないかと思いますが、
一番心肺機能が伸びる時期に、13歳に負けてしまうほど身体が鍛えられていないという現状は、
いかがなものか?と思わざるを得ません。
VO2maxは、頑張れば30歳くらいまで伸ばすことは可能だと考えていますが、
それ以降は、いかに「落とさない」かの勝負となるわけですから、
上限が作られる年代に、下降線をたどるなどという話は、あってはならないとも思えます。
また、近年ではVO2maxを保つことで「糖尿病」などはもとより、
「がん予防」の効果があるとの報告も見られたとのこと。
宮地先生は、「1万歩歩く」とか「4メッツ以上の活動」なども大事だけど、
最大酸素摂取量を測定してそれを維持するような努力をするべきでは?との問いかけもありました。
ただ、高齢者の方にとっては、
VO2maxは近場で手軽に測定できるような状況にはないことがネックであるようです。
簡易型のエアロバイクや、PWC75%といった方法もありますが、
個人的には(宮地先生はあまり望ましいとお思いではなかったようですが)、
それらの簡易的な測定方法ももっとメジャーになり、
人々が自らの体型などと同レベルで、
VO2maxを気に掛けるようになる方が良いように思えました。

このセッションの後、「若手研究者によるショートコミュニケーション」として、
日本女子体育大の加茂美冬先生座長のもと、
JISSの本間俊行先生、国学院大の中村芙美子先生、
本学体育学科OGで現在生産工学部助教の岩舘雅子先生、日本女子体育大の佐藤耕平先生といった、
加賀谷先生とのプロジェクト研究で多くの成果を発表された先生方によるプレゼンテーションも行われ、
ポスターセッションから最後に特別講演という流れで、
盛会のうちに幕を閉じたようです。
(私自身はその後学内で行事がありましたので、
岩舘先生の発表後にそそくさと会場を後にしてしまい、
後で参加者の方から様子をうかがった次第です)


改めて、これだけ多くの研究成果を残されたことに敬意を表し、
体育・スポーツ科学の進歩に大いなる足跡を残された加賀谷淳子先生のご冥福をお祈りいたします。