○1月21日明け方の不眠について


流石に疲れすぎてると思い、

翌日は10時から取材だし、寝た。

1時半くらい。はやめ。

そしたら、四時過ぎに起きた。

と言うか、うまく眠れなかった。

寝たい。

が、眠くもない。

でも、眠るべきなのはわかってる。

寝なきゃぁ寝なきゃぁ、と闘い

続けた圧倒的疲労感をもって、起床。


。。。


れん、と、こうちゃんと、たくまは、元バスケ部だ。あ、めぐもだ。ツーオンツーができる。やれたらいいのにな。れんとたくまは元センターで、こうちゃんとめぐは、たしかガードだ。バスケしたい気持ちには、けっこうよくなる。夢で試合中なこと、よくある。


。。。。。。


取材を3つ受けた。かつて取材をしてくださったライターさんとの再会などもあり、そういうのは、やっぱりうれしい。ずっと続けば、インタビュー記事つなげたら大河ドラマになるかもね。


写真もあったのでヘアメイクさんが来てくださったのだけど、かつて極上文學『Kの昇天』という作品で出会っていた方だった。なつかしい。そういえばこの前、ひろきが結婚した。すばらしい。

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稽古。まだはじめて数日で、各シーン1回ずつもやれてない。ふつうはまだまだ台本持ちながらいろいろ試してみるタイミングだが、でも、みんなが台詞を覚えてきてるし、やりたいので、三分の一くらいは通した。


それぞれゆっくり話すこともまだできてない。したい。けど、まずは、全体。

パフォーマンスは、やっぱりセンスと知能を必要とする。心、大切。


でも、上手と下手っぴの一番別れるところは、肉体。練度が低い俳優は、やたらと理詰めに頼る。理詰めは大事。でも、音楽理論を知っていて指の動かないギターリストが誰の心も動かさないように、声や身体などの身体的クオリティは圧倒的に勝敗をわける。土台のない場所に家は立たない。そんなようなこと、改めて思う。

絶景をみながらの稽古だった。

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なんかふと、田舎町の町医者とかとして生きる自分を想像する。地域に溶け込み、みんなが、顔馴染みで、みんなの成長したり老いたり亡くなったりを寄り添いながら見守る。みんなの溜まり場になるのもあり。町内会の催し物とかも盛り上げたい。夏祭りのやぐらステージでの演し物は地域の伝承をもとに物語を描いて、街に住む老若男女で上演。話題になり、全国から見物客が来て、その中に劇場を運営するオーナーもいて、やがて都内で公演することに、って......結局芝居してそうだなって気持ちになった。


「間違えている台本」は存在すると思ってる。アート、表現は自由だ、という甘美な言葉で誤魔化したらいけないように思う。


俳優は物語を背負う。汚い役、酷い役、嫌われる役として存在することが物語上必要ならば、もちろん、そう努める。努めた結果、観客すべてに本当に憎まれる。演技とはいえ物語の中で自分が行ったこと、吐いた言葉は自分に返ってくる。物語の中で浴びせられた罵詈雑言を、脳は「これは嘘だから大丈夫」とは認識できないようにできているそうです。


いろんな可能性はあるし、時には、どうしても必要なこともあるかも知れません。でも、本当にそこまで考えて作家は描いているのか、俳優が傷つく可能性のあることを、やらなくてもいけるんじゃないか?と、果たしてギリギリまで悩んでくれたのか。責任の負い方は、決めているのか。


作家を信じて「なんでもやります!」と伝える俳優の誠実さは尊い。でも、作家自信が、未熟であったり、時には邪であったり、不勉強であることもある。思想が偏っていることもある。


それは、年齢も役職も立場も関係ない。まずは観客ファースト、そして、それぞれが自分の体と心を護れることは、さらに最優先。


そういうことが許される僕らの業界でありますように。クリエイター同士だから議論しようとすらことが憚られる傾向にあるのは事実。よくない。


。。。。。

いきなり演劇の話をしてしまった。ごめんなさい。僕の大切な人たちの多くは演劇界にいるから、許せないことも多いのです。

。。。。。


おやすみなさい。

雪が降るかも知れないという噂を聞きました。明日はパダジュグのヴィジュアル撮影になります。早く眠りたい。急いで仕事落ち着けて眠ります。



おやすみなさい

あなたはしあわせにすごしていますか

どうか、かなしくありませんように

おちこんでいませんように


おやすみなさい

ぜんぶうまくいく

きっとうまくいく


たのしみにして

おやすみましょう


きゃうもよくがんばりました

せなかとんとんとん


おやすみなさい