先日遠部先生が来られた時持って来て下さったカワニナの佃煮。
私は初めて食べたのですが、高梁川流域にはカワニナを食べる習慣があった。という話を聞き、その情報を求めてフェイスブックに載せたところ何人かから「食べた事がある」「昔食べていた」という情報を頂きました。
その中のお一人から「実家の近所では今も食べている」という情報を頂き、詳しくお話を聞かせて頂いていたら、「じゃっこおしという漁があって、その時にカワニナも食べる」「近々じゃっこおしがある』と教えて頂きその方のご実家のある新見市へ遠部先生と行く事になりました。
お話を聞いても「じゃっこ」が何なのか、「おし」って?と頭の中では❓❓❓が飛び交っていて、じゃっことカワニナが混乱してましたが、とにかく行ってみないとわからない!とその方のお父さんに連絡してもらい、地域の行事に無理矢理参加させて頂きました。
集合場所に着いた時、すでに準備が始まっていて、地域の男性が何人かで柳の枝で束を作っていました。
その柳の枝の束を、今度は鎖に縛り付けで長い棒状のものを作ります。
何だか大蛇のようだね〜と遠部先生と話していると、それを軽トラに乗せて「川原へ移動するのでついて来て下さい」と言われました。
公民館の館長さん(女性)が、「私の車でよかったら乗って下さい」と言われたので遠部先生と乗り込み少し川下の川原へ行きました。
ここでさっきの柳の大蛇の両側にロープを付け、それを持って川の中に入って行く大人たち。
2〜3m川上に構えたチリ取りのような、穴の開いたステンレスの籠(左側、水色の服を着た男性が持っている)に向かって皆で柳の大蛇を川底に押し付けながら上下させて進んで行くと(じゃっこは腹に吸盤があって川底の石とかに張り付いている)追われたじゃっこが籠の中に入るという、とても原始的な漁だった。
地域の方のお話と、ネットで調べたものを総合すると面白い事が判明した。
じゃっこというのは、カワノボリとかゴリと呼ばれる小魚で、有名なところでは京都の鴨川で行われる似たような漁法。京都では「ゴリ」と呼んでいるので、じゃっこ押しではなくゴリ押しと言う。
ゴリ押し
この言葉の語源が、この川魚を取る漁が川底にいるゴリを無理矢理追い立てる事から来ているそうです。
一つ賢くなった
大人のみ、子供のみ、混合チーム合わせて7〜8回のじゃっこ押しでこれだけのじゃっこが取れました。まあまあの大漁だそうです。
ちなみに、じゃっこという言葉はある特定の魚を指すのではなく、雑魚(ざこ)がなまったものらしいです。
集会所まで戻り、お料理タイム。
大量の人参、玉ねぎ、じゃがいもを切りじゃっこと一緒に煮たじゃっこ汁。
朝、マル秘の場所から取って来てくれていた大量のシジミで作るシジミ汁。
本当はこれにカワニナで作る味噌汁が加わるそうですが、今回はカワニナが取れなかったので、猟師さんが持って来てくれたイノシシ肉でシシ汁を。
私も少しだけ切るのを手伝って後は煮えるのを待つだけ。
向こうがじゃっこ汁、手前がシシ汁。
じゃっこ、シジミ、今回はないけどカワニナの汁を混ぜないで作るのは、混ぜてしまうとそれぞれの旨みがわからなくなるからだそうです。
じゃっこは小さいので、原形がかろうじてわかるかな…
連絡取って招いて下さったお父さん(真ん中)と、遠部先生(左側)とで記念撮影。
今回は食べる事が出来なかったけど、カワニナの事もいろいろと教えてもらえて、遠部先生はずっと大興奮の連続で、目をキラキラさせながら皆さんのお話を聞いていました。
来年は予めカワニナを用意しておくので、ぜひまた来て下さいと皆さんから言われ、「また来ます!」と答える私と遠部先生
こんな限界集落のような地域の、多分日本中でも珍しい行事。今やっている人たちが高齢化で動けなくなったらなくなってしまうかもしれない貴重な行事と食文化。
地域にはもう子供が殆どいないので、近くの小学校から子供を呼んでわざわざ体験してもらっています。
お父さんを始め、地域の顔役さんたちから来年はお友達やその家族、特に子供たちにもたくさん参加して欲しい。なんなら泊まりこみで来てほしい(その集会所にはお風呂までついている)と言われました