優勝が決まる前に中日を見ておこうと、神宮球場に行った。

28日、マジック3で迎えた2位ヤクルトとの直接対決だ。中日は川上が力投し、

珍しく2本のホームランで競り勝ち、マジックを1とした。 

四死球が両チーム合わせて4、エラーがゼロ。投手と守備がいいと、

試合は引き締まる。好ゲームだった。この対戦は、

「状況に応じた隙のないプレー」という日本野球の良さを、

今年もっとも堪能できるカードかも知れない。

 ヤクルトも決して悪くないのだが、中日の守備は際立っている。

一塁・渡辺はともかく、二塁・荒木、遊撃・井端、三塁・立浪と並んだ内野陣は、

バウンドの高いゴロでも躊躇なく前に突っ込み、最短時間で捕球しようとする。

バウンドを合わせようなどとは誰も考えないらしい。よほどグラブさばきに自信があるのだろう。

 外野の中堅・アレックス、右翼・英智は、内野に輪をかけて鉄壁だ。

本来、右翼を守っているはずの福留(故障欠場中)も、

五輪代表で随一の強肩・俊足だったから、福留が復帰し、

英智が左翼に入った時の外野守備は、12球団一どころか、

MLBに持っていっても相当高いランクになるのではないだろうか。 

アレックスと福留が巧いのは知っていたが、英智はそれ以上かも知れない。

ケタ外れに広い守備範囲、フェンスを怖れない捕球、

抜群のスピードとコントロールを誇る本塁送球。

とんでもないファインプレーを軽々とやってのけて、当たり前のように坦々としている。

もともと能力は高いのだろうが、去年までの蔵本という選手に何の印象も

持っていなかった私にとっては、今年最大の発見だった。  

ところが、この英智という男、ボールを追っていない時の姿は、

そんな凄まじい運動能力の持ち主には到底見えない。長身痩躯、

顔だって男前なのだが、なぜかいつも途方に暮れているように見える。

ベンチと守備位置を往復する時も覇気がなく、

とぼとぼと力なく走る姿は頼りないことこの上ない。

アフリカ系アメリカ人のスポーツ選手たちは、ただ走るだけで躍動感や弾性を感じさせるが、

英智はそんなものとは無縁だ。外野でアレックスとキャッチボールする姿も、

それほど肩が強そうには見えない。 バットを持って打席に立っても、

スイングは誰よりも弱々しく、とてもヒットなど生まれそうにないのだが、

そのわりにどうにか二割五分は保っている。ただし、ホームランはゼロだ

(この試合の中日のスタメンのうち、シーズン本塁打数が投手の川上を下回る野手が、英智を含めて3人もいた)。

 こい

つ、何かヘンだぞ、と思ったのは、自宅で何となく見ていたスカパーから、

ナゴヤドームでのヒーローインタビューが流れて来た時だったと思う。

英智が決勝のタイムリーヒットを打って、お立ち台に招かれたのだが、

とにかく表情はボーッとしているし、間がおかしい。

話すのが下手なスポーツ選手は珍しくないが、

見ている方がハラハラするほど言葉が出てこないケースはさすがにめったにない。 

しかし、よく聞いていると、訥々とした言葉ながら、なかなか味のあることを言う。

この日の談話の中では、「自分は優勝争いに参加するのは初めての経験ですので、

ファンの皆さんの応援で、自分の後押しをお願いしたいと思います」などと洒落たことを言っていた。

 ストが回避された9月12日の試合後には、唯一の得点を叩き出したタイムリーヒットによって、

初完封勝利の山井と並んでインタビューを受けた。型通りの受け答えの後で、

インタビュアーに「最後に一言」と言われると、英智はためらった末にマイクをつかんで、

「新聞やテレビは、合併とかストライキとか、自分自身も少し嫌気がさしますけど、

でも、古田さんとか皆さんのおかげでやれてるという感謝の気持ちを、改めて感じました」

と言ってのけた。この時期、薄給の若手選手が公の場でストについて発言したのは、

これだけだったのではないか(球団の公式サイトでの談話では、この部分は削られている(笑))。  

マイクを向けられてもすぐに言葉が出てこないのは、話すべき言葉を探しているからだろう。

放送媒体が要求する話し言葉のテンポは、一般社会の会話よりも速い。

選手がそれについていけないのであれば、責められるべきは選手本人ではなく、

答えにくい質問をするインタビュアーの方だ(喋ることを職業としているのは、

選手でなく彼または彼女なのだから)。 

勢いだけで、その場の収まりのいい言葉を適当に口走る選手は大勢いる。

だが、そこで器用に妥協せず(あるいは、できず)、

少々気まずい思いをしても自分の気持ちに忠実な言葉を探そうとする英智の愚直なまでの誠実さは、

ボールをつかむためならフェンスにためらわずに飛び込んでいく彼の姿と、どこか重なって見えてくる。

 神宮での試合で、2点リードした9回表、英智は二死から右中間にヒットを打って出塁した。

続く九番打者は、8回から三塁の守備固めに入っていた川相。その名がアナウンスされると、

左翼側や三塁側スタンドから大歓声が挙がった。二死だからバントはない。

数少ない打席で殊勲打を放ってきた川相に、中日ファンは期待で盛り上がる。

と、その刹那、一塁走者の英智が牽制球に刺された。スリーアウト、チェンジ。

岩瀬が裏を抑えれば、もう中日の攻撃はない。せっかく回ってきた打席が消滅して、

川相は苦笑いしていたかも知れない。確か英智にとっては、

盗塁数は唯一の個人的な数値目標だったはずだ。ちょっと意欲が強すぎたのかも知れない。

 中日ナインは9回裏の守りにつく。一塁ベースからベンチに戻り、

グラブを持って出直す英智は、当然、いちばん最後になる。すでに三塁の位置につき、

一塁手からの肩慣らしのボールを待っていた川相の後ろを通る時、

英智は帽子のツバに手を添えて、小さく頭を下げた。相手が見ていないとわかっていても、

そうせずにはいられない性格なのだろう。こういう選手が脇を固めているチームは面白い。