イナカの家。

 基礎なんかその辺の石コロだし、大工に棟上げまでやってもらって、後は義父方の今は亡きジイサンが自分で仕上げたあばら屋の様な家。


 忘れられた被災地と呼ばれた長野県栄村の小さな集落の外れにある。

 この家に繋がる農道の様な道の一件下の家がとうとう取り壊された。
 
$オイカワだっていいじゃない


 田舎の家は現在、誰も住んでいない。よってこの農道がこの冬除雪されるのかどうかも怪しい。

 そうすると、イナカの家の雪下ろしがこの冬出来るのかどうかも怪しい。

 雪下ろしが不可能なら......もうアウト、なんせこの辺は日本一の豪雪地帯なのだから。



 この家が潰れた時点で、イナカという存在すら無くなっちゃう様な気もしてしまうけど、でも、川が無くなっちゃう訳じゃない。

 決してパラダイスではない。というより、未だパラダイスにたどり着けない。そりゃ、毎年通ってはいるけれど、GW頃なんてのはまだ雪代で釣りにならないし、盆の頃はなんとかアブを躱してやったとしても家族の手前、朝マヅメのみの釣りだし、アブ以上にヤブが厄介だったりして、なかなか思う様に入渓出来ない場所も多い。

 そして、苦労して川に入ったとしても.......魚影が濃い訳ではない。いや、同じ里川として比較してみた場合、桂川支流の方がよっぽど魚が多いと思う。


 それでも、この川で釣りたい理由は色々ある。そもそも、僕が渓魚を釣るようになったきっかけの川だし、そしてなにより、この川のイワナは本当に綺麗だ。

 

 ”イワナ釣りは畑の大根を抜く様なものだ”


 とは、だれが言ったのかは知らないけれど、この川で釣る僕にとっては朝鮮人参の様な魚だ。


 イナカの集落付近にはいくつも支流がある。いろいろ廻って見たけれど、やはり人が入りやすい所は釣れない。入りにくい所には確実に魚がいいる。でも、その入りにくさがハンパじゃない。急斜面とかでも、足下さえ見えればなんとかなる場所もあるだろうけれど、なんせヤブなのだ。足下が全く見えず、そして背丈より高いヤブは視界を100%遮る。そして立ち止まれば、守護神アブの猛攻.......もう、ムリ!

 でも、そんな川だからこそ、きっとパラダイスはあるのだ。綺麗なイワナもどこかにいるんだって信じられる。


 帰宅する日の早朝、僕は集落の名前のついたこの川の少し上流を探索して見た。

 最後の集落の先、荒れた林道にかかる橋の袂から楽に入る。

 この川も、谷が深い所はあるけれど、下流から続く穏やかな渓相はテンカラ向きでもあると思う。

 $オイカワだっていいじゃない


 去年に比べればかなり渇水状況で、集落付近は藻が毛鉤に絡まる程。それでも昨夜の雨で少しは良くなったのかもしれない。

 水温も本来より高めだと思う。時間もないし、魚は白泡に居るだろうと、落ち込み付近に絞って探ってみる。渕尻や瀬の浅い所でも何度か走られたけど、数は少ないし、チビばかりだ。この川の魚のサイズじゃない。


 案の定、白泡付近にやや沈めた毛鉤には食いついて来るけれど、盲アワセになってしまい、タイミングが合わせられず。数少ないチャンスも、いつもと同じ失敗を繰り返してしまう。

 だけど、やっぱり綺麗で良いサイズの魚が一瞬でも見られるということは、本当に嬉しい。

 そして行き着いた先はやや意外だった。この川では初めて見る光景
 

$オイカワだっていいじゃない


 大きな釜を持つ小滝。そしてその上にはゴルジュ。ナメも見える様な気がする。

 まるで、ここが源流の入口ですよ、と物語る様だ。


 なるほど.......


 この釜にも魚は着いて居るだろうけど、出てこなかった。

 この先にも林道は沿うし、発電用に取水している堤もある(はず)。

 それでも、夢を見ずにはいられない。きっとこの先なのだ。


 今朝の釣りはココでおしまいだけど、そんな夢を膨らませている事自体、もう次の釣りが始まっている。

 誰が言ったか知らないけれど

 ”釣れなくても、釣りは釣り”