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妊娠から死産までのざっとした経緯はこちら


ラミナリアの痛みを最大限排除した方法はこちら



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昨日の二回目の命日には、ぱんぽこのお葬式をしてもらった教会に足を運びました。


お世話になった神父さんにご挨拶をするつもりでお時間をとっていただいたら、ぱんぽこのためにお祈りをしてくださいました。


ありがたいことです。


色々なお話もしました。


何より嬉しかったのは、ぱんぽこの名前を呼んでもらえたことです。

「○○ちゃんの為にお祈りしましょう。」

「○○ちゃんは〜」

「○○ちゃんが〜」

と。


夫以外の人との普段の会話で、ぱんぽこの名前がこんなに自然に出てくることもないので、とても嬉しかったです。

ああ、確かに娘は存在したんだな、と実感できる貴重な時間でした。




振り返ると死産という出来事は、宗教観が大きく変わるほどの大きな出来事でした。

宗教観が変わるってすごいことだと思うんですよね。



突然子宮内胎児死亡を宣告され、死産というお産をするまでに時間がないことがわかり、追い詰められた状態で藁にもすがる思いで頼った所の1つがカトリックの教会でした。


医学的な話は聞いた、だからと言って「死」に対して納得できない、医学とは全く違う方面での話が聞きたい!


と思ったんです。



以前の私ならば、宗教に頼るなど信じられないことです。

でも「死」と近い世界は、やはり宗教だと思うんですよね。

教会に行き、神父さんにお話を伺ったことで救われたことは多々ありました。

神父さんは火葬場までついてきてくださいました。

お葬式も教会でしていただきました。


そしてこの2年間、私たち夫婦は毎晩欠かさずぱんぽこの為に祈りました。

夫が忙しいのもあり、なかなか足を運べませんでしたが、時間を見つけてミサにも行きました。


現在は洗礼も受けていませんし、無宗教の私たちですが、死後はぱんぽこの所へ行きたいと思っています。



と、改めて思った命日でした。


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このブログは、可愛いぱんぽこの思い出と、自分の心の整理と、情報が少ない死産後のことが少しでもお役に立てばと思って更新しています。

私はまだ精神状態が不安定で、人に気が使える状態ではありません。

このブログは、死産・流産・不妊などで悩んでいる方が多く読んでくださっているかと思います。

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