蓮さんはアメリカへ、そしてまた二人の1ヶ月が始まる。
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「キョーコちゃん、今日からまた宜しくね」
「私の方こそ、また宜しくお願い致します」
がっちり鍵をかけて二度とキョーコちゃんに対して不埒な事を考えるなんて、という俺の1ヶ月の封印は、一週間で緩み初め、二週間経つ頃には元の状態に戻っていた。
いや、正確に言えば飢餓感からすれば今度の方がキツイ。もう二度と手が届かないという証明が毎日、目の前でされているのだから……
昔は蓮がキョーコちゃんからのメールを見て何か来てれば顔が緩んだ所を面白がってよく遊んだものだった。
反対に来てなければいつまでもそわそわと待っていたのも覚えている。
だけど俺の目の前でキョーコちゃんが全く同じ状態に陥っている今、冷やかすどころか胸が痛くて見るのが辛い。
そわそわと携帯の入った鞄を何度も見るキョーコちゃん。
何もない時は少しがっかりしながらも、次の撮影に向けてすぐに気持ちを切り替えてるようだ。
「今日はまだ蓮から連絡こないの?」
「え? や、やだぁ。社さん、何を言ってるんですか?」
オーバーリアクションでわたわたと慌てる彼女自身は可愛いのに、その想いが俺に向けられる事はない。
ただ艶やかに色づいていく彼女を見ているだけだ。
時々琴南さんと三人で夕食をとっていると、キョーコちゃんの新しい携帯が鳴り出す。
「ちょっとごめんなさい……Hello, 久遠……」
頬を染めながら席を外すキョーコちゃんはまさに恋する女そのもので、妖艶ささえ漂ってくる。
「もう、女って恋すると変わるって言うけど、あんたの場合は本当に別人よね」
「酷いわ、モー子さん!……だって、会えないから何となく余計寂しいっていうか、なんて言うか……」
「もぉーっ、聞いた私がバカだったわ。ご馳走様でしたっ!」
「モー子さんだって社さんと仲良い癖に……」
「や、社さんとは、そういう訳じゃないのっ!」
琴南さんはムキになって否定するけど、何で俺の回りの女性はみんなこうなんだろう。
確かに琴南さんとはご飯食べて愚痴こぼしあってるだけだけど。
そりゃ二人共ラブミー部だとはわかってるけどさ……
*****
1ヶ月の中で本格的な仕事はドラマの撮影がメインだった。
今回のドラマはオーディションでキョーコちゃんが役を勝ち取ったもので、ミステリーものの2時間ドラマの犯人役だ。
実力派が揃った中でもキョーコちゃんの犯人の狂気の成りきりぶりに、監督を含め他の俳優も目を見張っていた。
『あなたは私を愛してるって言ったじゃない!?』
『あれは……あの場ではああ言うしかなかった』
『じゃあ、私はあなたの何なのっ?』
泣き叫ぶキョーコちゃん、いや葵の気迫に相手役の村雨君が飲まれてしまっている。彼はこのシリーズのメインだけに外せないから余計に可哀想だ。
彼も若手の中では実力派と言われているが、キョーコちゃんにかかればこのざまだ。キョーコちゃんによると雪花の時に会っているが、全く気づいてないらしい。
『君は俺にとって……』
「カットーーーーーっ、村雨君っ、見惚れて台詞遅れてるよっ!」
「すみません、もう一度お願いします! 京子さん、ごめん! でも本当に刺されそうで怖いもんな。俺ももう一度頑張るから宜しく!」
「こちらこそ宜しくお願いします」
にっこり涙を拭きながら微笑むキョーコちゃん。その笑顔にまた一人顔を染めて堕ちたであろう男が一人……
3回のリテイクの後、やっとの事でOKが出た。
*****
今日のスケジュールはこれで終わりで、また恒例となった琴南さんとの夜食会だ。
着替え終わる頃に楽屋に迎えに行った。
三回ほどノックをしたが返事がない。
いつもなら元気な返事と共に扉が開けられるのに……
嫌な予感を振り切りながら扉を開けて中へ入った。
パッと見た所誰もいない様に見えたが、奥の座敷に……キョーコちゃんはいた。
恐らく今日の撮影で余程疲れたのだろう。ぐっすり眠ったキョーコちゃんを起こそうとして……手が止まった。
白いワンピースにふわっとした髪の毛。
ふっくらと紅く色付き少しだけ開いた唇。
規則正しく上下する胸。
そして細く引き締まり、白く光る脚。
思わず喉がなってしまう。
確かに俺しか入って来ないとは言え、あれほど無防備になるなと注意しても最後がしまってなければ同じじゃないが。
そのままでは風邪を引きかねないので、上着を脱いでキョーコちゃんの身体を覆う様にかけながら俯いて届かない想いが思わず漏れた。
好きだよ、キョーコちゃん……
すると寝ていた筈のキョーコちゃんの細い腕が俺の首に回されてきた。
え……
***** つづく
すみません~~
こんなに間があくはずでは……
もうゴールはすぐそこなのにっ!
村雨氏はキョーコと雪花両方に堕ちたのかしら?