スペシャルドラマ 「月に行く舟」 | 日々のダダ漏れ

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日々想ったこと、感じたこと。日々、見たもの、聞いたもの、食べたものetc 日々のいろんな気持ちや体験を、ありあまる好奇心の赴くままに、自由に、ゆる~く、感じたままに、好き勝手に書いていこうかと思っています♪

スペシャルドラマ
「月に行く舟」



夏の終わりに、僕たちは、おそろいの闇の中にいた

小さな町の小さな駅。
幾つもの列車が過ぎてもなおホームに佇む、
透明な瞳の美しい女。女は男と出会い、
列車を待つ間の短い時間の恋が始まる…。

舞台は、岐阜県。
主人公は盲目の美しい女・理性。
このドラマでは、
二人の男女の出会いから数時間を描きます。
しかも女性の目は見えません。
恋愛のためのツールとして、
携帯やメールが欠かせない現代、
まさに生身の人間同士が、
いかに触れあい
男女の距離を深めていくのか…。
この恋の結末は…?

**********

電・涼太) 卵? 卵がどうかしたんですか?
電・慶太郎) 原稿を読んだんじゃないかと思うんだ。
電・涼太) でもどうしてそれで怒るんです? いい原
      稿じゃないですか。奥様との昔のことが美
      しく書かれていて。あっ、もしかして…。
電・慶太郎) ん?
電・涼太) あそこですかね。
電・慶太郎) どこ?
電・涼太) 「女の年齢は手に出る。アンチエイジング
      と言われても手だけはどうしようもない。昔
      は白魚のようだった妻の手も、今はすっか 
      り生きた年月同じ分だけ年を取り」とか、そ
      んなような描写。
電・慶太郎) ああ…。
電・涼太) ちょっと待って下さいね。
      今、原稿出しますんで…。

(ファスナーが開く音)
電・涼太) えっとですね…。
理生) ジ…ジ…。
電・慶太郎) そうだ。きっとそれだ。あいつ最近やた
       ら手にクリームすり込んでるんだ。リンゴ
       が化粧臭くて仕方ないよ。
電・涼太) 何ですか? それは。
電・慶太郎) クリーム塗ってから皮むくだろ?
       リンゴが臭くなるんだよ。
電・涼太) はあ。
電・慶太郎) あいつは、怒ってるな。
       きっとこれは全部生だよ。
電・涼太) フフ…奥さん可愛いですね。
電・慶太郎) 笑い事じゃない。死活問題だ。私には。
       ヤカン一つ火にかけられないんだから。
電・涼太) 槇原敬之ですか。
電・慶太郎) は?
電・涼太) いえ、何でもないです。じゃあ、先生おっ
      しゃったように、さっきの部分切っておきま 
      すので。では失礼します。

**********

理生) 私分かりますよ。
涼太) え!?
理生) ゆで卵と、生卵の見分け方。
涼太) はあ。
理生) こうやって、クルクルって回すでしょ? 
    で、1度止めて、手を離す。止まった
    ままがゆで卵。回り続けたら生卵。

(理生の手の動きに釘づけになる涼太)
理生) あれ?
涼太) あ…すみません。
    きれいな手だなぁって見とれてしまって。
理生) そんなことより、回すの、知らない?
涼太) ええ…。でも、なるほど。
    それ、慣性の法則ですよね。
    中身が固体だと止まって、液体だと動く。
理生) かな?


**********









**********

涼太) さっき、ここに出てましたね。
理生) ああ…花、見てたんです。
涼太) え!?
理生) 見てたって言うと、語弊があるかな。
    指先で、触れるの。もう見えないから。
    指先で触って、そこに何があるか知るの。
    指で見るっていうか…。
    これ、ヤマゼリっていいます。触って覚える。
    もちろん匂いも。これ、どんな形?
涼太) え?
理生) ほら、私は触った感じしかわからないでしょ?
    これ、ここは柔らかくて、先がツンツンしてる。
涼太) ああ…。
理生) ヤマゼリ。篠崎さん…で。いいんでしたっけ?
涼太) はい。篠崎です。
理生) 篠崎さんから見て、どんな形? きれいな花?
    きれいっていうか、可愛らしいです。可憐で…。
涼太) 線香花火みたいです。この花。
理生) え?
涼太) 白いから、白い線香花火。
理生) そう…線香花火。




**********

涼太) いつから、見えなくなったんですか?
理生) 生まれつきじゃないんです。中学生までは見
    えてました。ちょっとした事故に遭って、それか
    ら、ずっと、見えない。でも何も変わらないわ。
    視力をなくしただけ。世界をなくしただけ。

**********

理生) 今、私は、どんなですか?
涼太) きれいです。可愛らしくて、きれいです。
理生) 4度目の嘘ですか?
涼太) え?
理生) 篠崎さん、今日、3回嘘つきました。
    一度目は缶コーヒー。温かいのだったでしょ? 
    私の。自分のとすり替えた。あと、「茜」。ホント
    は潰れてたのに、サンドイッチおいしかったっ
    て。三度目は、原稿忘れたって…。
    本当はあの袋、何が入ってたんですか?
涼太) お菓子です。でも、なんで分かったんですか?
理生) ジ…って、さっきのカフェで、原稿出す時、
    ファスナー開けるみたいな音がしました。
涼太) ああ…。だけど、
    理生さんがきれいだっていうのは、ホント。
理生) 篠崎さんは優しいので、
    なかなか信じるのが難しいです。

**********

理生) あなた…篠崎さん、声が似てたんです。
涼太) 声?
理生) ええ。私の好きな人に、声が似てたんです。
    だからついていきました。
涼太) 好きな人、いるんですか?
理生) 取材ですか? 私のこと…目が見えない私の
    こと、取材して、ネタとかにするんですか。
涼太) 違います。そんな余裕、ないです。
理生) 私待ってるんです。
涼太) えっ?
理生) ここで、好きな人待ってるんです。
涼太) 列車に乗るんじゃなくて、
    人を待ってたんですか。
理生) ええ。3年前の春だったかな。その人、この町
    に来たんです。東京のメーカーの人で、新しい、
    工場の立ち上げで来て…。私たち、知り合って、
    つきあいだして…。彼が東京に戻る時、プロポ
    ーズされました。
涼太) 受けなかったんですか?
理生) 勇気がなくて…。彼に悪いし…。彼は健常者
    です。恋に浮かれてるんじゃないかと思ったん
    です。私、やっぱりいろいろ大変だから。冷静
    になった方が、いいと思ったんです。冷静にな
    れば、忘れるんじゃないかと思ったんです。私
    のことなんか。だから、その日から3年後に、
    また会いましょうって、約束したんです。「もし、
    まだ私のことが好きだったら、この駅でまた会
    いましょう」って。それが、今日なんです。
涼太) その人を、試したんですね。
理生) 2人の愛を、試したんです。
    もし愛なんてものがあれば、だけれど…。
    3年、長かった…。でも私の気持ちは変わりま
    せんでした。でも彼のほうは、どうでしょう…。
    次の列車まで長いなあと思ってたら、あなたが
    声をかけてくれて…。誘ってくれて…。
    気が紛れました。ありがとう。
涼太) いえ。
    もうそろそろ、列車来るんじゃないですか?
理生) ええ。先生、待ってるんじゃないですか?
    もう行ったほうが…。
涼太) はい。彼、来るといいですね。じゃあ。
理生) さようなら。
涼太) さようなら。


**********

涼太) まだいる。もういない。いる。いない。彼はもう、
    来た。来ない。来た。来ない。て、俺は乙女か。
    はあ~。乙女か鬼か…。


**********

(電車が近づく線路の上に立っている理生)
涼太) 何をしてるんですか、 あなたは!

**********

涼太) あの…答えようのない時があるんです。あな
    たに、何か言われても、僕、そんなにおしゃべ
    りじゃないから。すぐに、言葉が出てこない。
    でも、そんな時理生さん、いつも、少し不安そう
    にするんです。僕の、表情とか見えないから。
    だから、聞いてる証拠…というか、隣にいると
    いう意味で、横に座らせていただきました。
理生) もう…もう私なんかいなくなった方がいいと思
    って。生きててもいい事なんか何にもないし…。
    人に、迷惑かけるのも、もう嫌で…。
    私、こういうこと初めてじゃないんです。
    引きました?
涼太) いえ。いえ。
理生) 彼、来なかった。やっぱり、忘れられてしまっ
    たんですね。分かってたんだけど。
涼太) 僕は、あなたのこと、忘れないと思います。
理生) もし、私の事、思い出すことあったら、目を閉
    じてみてください。それが私のいる世界です。 
    真っ暗なんです。…どうしました?
涼太) 今、目を閉じてみました。
理生) は…。

**********

夏の終わりに、
僕たちは、おそろいの闇の中にいた。


理生) 篠崎さん?
涼太) はい、ここです。連絡つきました?
理生) ええ。妹が迎えにきます
涼太) そう。よかった。
理生) もう、行ったほうがいいんじゃないですか?
    私だったらもう大丈夫ですよ。
涼太) ああ、まだ時間あるから。もうちょっと。
駅員) あっ…。あの、もしかして、水沢さんですか?
    水沢理生さん。
理生) はい。
駅員) よかった。手紙を預かっています。あなたが、
    ここにいらっしゃったら、渡すようにって。昼間
    に男の人来て、これ、置いていったらしいんで
    すよ。目の不自由な女性…水沢って人が来た
    ら、渡してくれって…。では。
理生 あの…。
涼太) はい。
理生) これ、読んでもらっても、いいですか?
涼太) ええ。じゃあ…。裏に名前が書いてあります。
    金谷直人さんですか?
    「理生へ。理生、元気ですか。今日、どうしても
    仕事の都合で、電車で来ることができなかった。
    今、車を飛ばしてここに来ました。約束の駅に。
    でも、すぐまた戻らなきゃいけない。理生、僕の
    気持ちは、三年前から何も変わっていません。
    あなたを、東京に迎えたいと思っている。愛し
    ています。もし、手紙を読んでくれたなら、もし
    今日、この駅に、来てくれたなら、連絡をくださ
    い。待っています。直人」。はい。

**********

涼太) どうしたんですか?
理生) お見送り…やっぱり、したいと思って。
涼太) 妹さんは?
理生) 車で待たせてます。
涼太) いいのに…。いいのに…見送りなんか。

(警報機の音)
涼太) あの、最初に声をかけた時…。
理生) はい。
涼太) あ、いえ、あの…理生さんが珍しいから
    声をかけた訳じゃなくて…。
理生) あ、ああ…。
涼太) いい匂いがしたんです。ふわ~っと。それで、
    そちらの方を見たら、きれいな人がいて…。
理生) コロンです。
涼太) え?
理生) 「月に行く舟」っていう香水なんです。
涼太) 香水。
    「月に行く舟」、乗りたくなりますね。
理生) ほら。私目が見えないから、自分でオシャレ
    できないでしょ? 服も、自分で選べない。口紅
    の色も分からない。でも、香りなら分かるから。
涼太) なるほど。
理生) だから…だから…。

**********

理生) 本当に、いろいろありがとう。
涼太) いえ、こちらこそ。
理生) じゃあ。
涼太) じゃあ。
理生) さようなら。
涼太) さようなら。
    理生さん、幸せになってくださいね。
理生) あの…あの、これ…。私の印…匂い。
涼太) ありがとう。

(電車に乗り、去っていく涼太)
理生) ありがとう。

**********

ヒロインが盲目ということもあって、「音」が気になる、
いろんな「音」が聴こえてくるドラマでした。鳥の鳴き
声、セミの鳴き声、川のせせらぎ、風の音…。自然
の音がいっぱい。そして…嘘に気付いてしまった音。
目が見えない彼女が、暗闇の中で聴いているだろう
音の世界が、少し感じられるようでした。物語は、駅
で偶然出会った男女のひととき。中年男性が、恋に
落ちた瞬間というものを見てしまったような、妙に気
恥ずかしいシーンが、小説のようなドラマというより、
少女漫画のようなドラマ、ファンタジーに見えました。
そういうファンタジーは嫌いじゃないのだけれど…な
んだか、素直に観られなくなっている自分がいて…。
(要するに、好みが変わってきたという事ですがw)

最初は、作家夫婦のパートが邪魔に思えていたの
だけれど、妻が怒っている理由をさがすうちに、互
いに記憶違いしていることに気づいて、いつのまに
か夫が怒る番になっていたりと…老夫婦のやりとり
が意外にアクセントになってきて、面白かったです。
互いに昔の事で嫉妬する夫婦の姿が可愛らしくて。

正直、「月に行く舟」」のタイトルが、香水の名前だと
いうオチには、なんじゃそりゃ~!と思ったけれどw
こういうロマンチックなお題にまんまと心惹かれてし
まう万年心だけ少女オバサンとしては、観ないでは
いられないファンタジーではありました。たぶん、谷
原さんがイケメンすぎるのが、中年ファンタジーとし
てのリアリティを欠けさせた要因かと…。イケメンじ
ゃないけど人が良さそうな男性だったら、恋に落ち
た男性側に思い入れできたかもしれないなあと…。
昨年の「月に祈るピエロ」に続いての谷原さんの起
用なので、男性の役者は谷原さんしばりで、このド
ラマシリーズを描きたいのだろうと思うので、そこは
どうしようもないのだろうけれど…。もちろん、谷原
さんが嫌いなわけではありません。むしろ大好き!

書きながらわかってきたのだけれど、私は、中高年
の恋…のような状況に、ある程度のリアリティを望
んでいるのかもしれないなあ…と。例えるなら、「最
後から二番目の恋」のような痛々しさがほしいとい
うか。10代、20代の時のように、夢見る夢子ちゃん
ではいられなくなっているせいなのか、綺麗なファ
ンタジーより、多少の泥くささ、いたたまれない痛さ
があるほうが、より共感できるようになっちゃって…。

とはいえ、たった1日の出会いとしては、うまくまと
められていたと思います。一瞬のときめき、心の揺
らぎは表現されていたし。音も背景も美しくて、1年
に1回、月を思わせるドラマを観るのも一興かと♪


●「月に行く舟」HP

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スペシャルドラマ 「月に祈るピエロ」
スペシャルドラマ 「月に行く舟」
スペシャルドラマ 「三つの月」


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