今日でJOJOの魂が身体から抜けだして行ってから丁度ひと月。

その間にJOJOと1ヶ月桜の時期に過ごしたマッチャン家のジジも亡くなった。

1歳違いくらいの可愛いお友達。2人とも老犬になりアレコレ不便になったので、身体を置いて出掛けて行ったようです。なんだ、仲良かったんだね!

今日は同業者のみんなの仲間の奥さんが、
空に旅立つ日だった。

私は既に予定もあったので、葬儀が始まる1時間以上前だったけど、斎場にご挨拶をしに行ってみました。

ご遺体もご家族もおられない花壇を眺めて少し待たせて頂いた。

お花が無限♾の形にあしらわれていて

彼女の死もJOJOの死も誰の死も
死と生の区切りなんかはなく
永久に連続している果てしない流れの中の一環というのが良くわかった。

ご家族と到着した勇士は、
顔色こそ良くはなかったけれども
勇姿だった。

見送る覚悟をした勇姿だった。

この日の出来事が、
この日迄の出来事が、出会いが、
彼のこれからの猛烈なエネルギーとなり

必ず意味を感じさせる姿に変貌を遂げて行く。
今日は、そのはじめの日。

「応援しています」

そんな事しか、
そんな事が私のできる事であり、していく、していきたい事。

今日も隅田川の川面は、違う波をなし
毎日が毎日違いを見せて
必ず流れている

そこに2つと同じ波はなく
同じ色はなく
同じ光もない

全てが違うと気づいて今を生きることが
1番美しい
1番活き活きしている

空中ブランコの様に次へと飛び移る気迫。
身も心も、残しておきたい思いも
一度その場に置いて今ある力いっぱいを使って飛ぶ。

そんな事できるもんかと思うけれど、
やってみたら出来るもの。

本当に大切な物は、
素肌にまといつく様に自分が感じられる距離にいる。

そんな感覚は、見えていても見えていなくてもいい。誰かの目や言葉で聞かされるそんな不確かなものじゃないからね。

自分でちゃんと感じていれば
それでいい。

私の人生の出来事だもの、私が感じればいい。

どんなに目を見開いても
見えなくてもここで感じられれば
それでいいじゃない。

美しい世界、永遠!