キョーコが蓮の告白を断った翌日から、キョーコは徹底的に蓮との接触を避けた。
 
事務所で後ろ姿を見つけても、テレビ局の控え室で名前を目にしても、蓮の車を見かけてもーーー
 
 
そうして数日過ごしている間、ありがたいことに蓮からのメールや着信は一度もなかった。
 
きっと忙しい蓮のことだ。
このまま自分のことは何もかも忘れてくれたら、それでいい……
 
キョーコはそう思うようになっていた。
 
自分の決断は決して間違ってはいなかった。
そもそも蓮と自分が釣り合う筈などないのだと。
 
 
蓮との接点がなくなった日常に慣れ始めた頃、社からキョーコへ一本の電話が入った。
 
 
「キョーコちゃん?折り入ってお願いがあるんだけど……」
 
 
「……何でしょうか?」
 
 
キョーコはドキッとした。
 
 
「蓮のやつ、最近全く食事らしい食事を摂らないんだ……。
 でも、キョーコちゃんに夕飯作るのとかお願いしようかって蓮に話しても何故だか頷かなくて……
 もうキョーコちゃんの方からサプライズでも何でもいいから、とにかく蓮の食事に付き合ってやってもらえないかな……?」
 
 
その言葉にキョーコはショックを受けた。
蓮が食事を摂らないこともだが、何より蓮が自分との食事について頷かなかったということに……。
 
やはり蓮は自分を振った女の顔などもう見たくもないのだろうと察しがついたキョーコだが、きっと社はそういった自分たちの間の細かい事情までは知らないのだろう。
 
 
「……出来ません……すみません……。」
 
 
キョーコは、社との電話を切った。
 
 
 
その後もキョーコは蓮と顔を合わせることのないよう蓮を避け続けていた。
 
その間はエイミーとも一度も会うことはなく、キョーコの中で蓮に告白をされたことも、エイミーという蓮の元カノと出会ったことも、少しずつではあるが無かったこととして心を癒し始めていた。
 
 
だがそんなある日、偶然目にしたテレビ番組。
トークを中心としたバラエティ番組にエイミーが出演しているのを見かけた。
 
まだたどたどしくはあるものの日本語を話すエイミーを見て、この短期間に随分と日本語を勉強したのだろうなということと、無事にデビュー出来たのだと思ったキョーコは、とても複雑な気持ちだった。
 
テレビの中で司会者の大物芸人からのツッコミを受け、愛らしく笑うエイミー。
まだまだ間違いだらけの片言の日本語に盛り上がるスタジオ。
既に出演者たちからエイミーが歓迎され愛されていることがはっきりと見て分かるということは、きっとお茶の間で人気が出るのも時間の問題。
誰もが目を引く持ち前の美しい容姿に、屈託のなさが窺える人懐っこい性格。
未だに自分に自信の持てないキョーコにはないものを全て持っているエイミーを見て、彼女こそ蓮から愛されて当然の女性だと改めて感じてしまった。
 
 
 
*  *  * 
 
 
 
「ねぇ、あんた最近元気ないんじゃない?」
 
 
作業の手を止めた奏江は、キョーコを覗き込んだ。
 
 
「え…………」
 
 
「何かあったの?」
 
 
「えっと……その……」
 
 
「言えないっていうなら親友やめるわよ。」
 
 
「ええええっ!?
 
 ……でも……」
 
 
「……まぁいいわ。言いたくないことなんて誰にでもあるものね。」
 
 
再び黙々と作業に取り掛かる奏江。
 
 
「……モー子さん……
 
 お付き合いって……したことある?」
 
 
「ブフォッ!
 な、何よっ急に!」
 
 
奏江は思わず飲もうとしていた水を噴き出した。
 
 
「……モー子さんが何かあったのかって言うから……」
 
 
いつもの威勢の良さなどどこへやら、至って真剣な表情のキョーコの様子に、奏江も真剣に答える覚悟を決めた。
 
 
「……ない。
 
 って言ったら嘘になるわね……。
 一応あるわ。
 もう何年も前のことよ。
 
 でも私のそういうのなんて単なる子どもの戯れ事よ……?」
 
 
「……っ!!あるのね!?
 
 さすがモー子さんっ!!」
 
 
死んだ魚のような目をしていたはずのキョーコが一気に目を輝かせ、奏江は若干引き気味になる。
 
 
「だから……!
 そういうんじゃないのよ!?」
 
 
「でも、お付き合いの経験があるんでしょう!?
 
 それってどんな感じなの?モー子さんっ!」
 
 
「どんなって……
 
 普通よ。
 
 話したり、一緒に出かけたり……」
 
 
「話したり……出かけたり……?」
 
 
キョーコはあまりに普通の内容に面を食らった。
 
 
「でも、そうね……。
 そういうのって結局、経験がものを言うんじゃないのかしら?」
 
 
「経験……」
 
 
「そう、分からないから怖いだけよ。」
 
 
話をしながらも作業を終わらせた奏江は、自分の分の段ボール箱を抱えてラブミー部の部室を出た。
 
 
「分からないから……」
 
 
確かにそうなのかもしれないとキョーコは思った。
自分には今までそういった経験が一切ない。
ただ、蓮にはその経験がある。
そして二人の経験の差は今更どうしようもないもので……
 
 
考え事をしながらもようやくラブミー部の仕事を終えたキョーコは、主任に段ボール箱を届けてもう一度部室へと戻ろうと歩いていた。
 
 
するとーーー
 
 
「やっと、見つけた……」
 
 
突然蓮が後ろからキョーコを抱き締めた。
 
 
「あっ……あのっ!」
 
 
ここはまだ部室内には入れていない、ラブミー部前の廊下であり、人通りこそ少ないものの事務所内の誰が通りかかってもおかしくはない場所。
 
 
「……どういう意味?」
 
 
「……はい?」
 
 
「どういう意味だったの?
 
 好きだけど、付き合えないって……」
 
 
「え……」
 
 
「そう言ったよね?俺の家で。」
 
 
「あの……人が……来ますっ……」
 
 
「構わないよ。
 
 ねぇ、教えて……?」
 
 
「……っ///
 
 じゃあ、逆に教えて下さい……。
 
 私がお食事作りに行くの……お嫌だったんですよね……?」
 
 
「え?」
 
 
「社さんから……聞きました。」
 
 
「……違うよ、誤解だ。」
 
 
「誤……解……?」
 
 
「あぁ……。
 
 食事を作りに……ってことは、俺の家でだろう?
 
 今、君と二人きりになんてなったら……」
 
 
蓮はキョーコを抱き締める腕に力を入れた。
 
 
「あのっ///」
 
 
「こうして君を今よりもっと問い詰めてしまう。」
 
 
「っ……やめてくださいっ!」
 
 
キョーコは思いきり蓮の腕を押し退けた。
 
 
「………………。」
 
 
「……無理……です。
 
 その……敦賀さんと付き合う……とか……
 
 ごめんなさいっ……!」
 
 
キョーコは深く下げた頭を上げることなくその場から立ち去り、放心する蓮の表情を見ることはなかった。
 
 
 
 
 

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我が家の蓮キョさん、いつもなら簡単にキョコさん落ちちゃって、蓮さんもそんなにはヘタレたりしないんだけど……
よろしいでしょうか……?このお話はまだまだ二人纏まりません……|д゚)チラッ