大分市の東部、鶴崎エリアにある森町店は2006年にオープンした初期の店(6号店)です。この森町店を「奇跡の店」と社内では呼んでいます。

 

何が奇跡なのか?

 

売上?・・・否!

利益?・・・否!

 

実は、地域住民との関係性が奇跡的なお店なのです。毎日とは言わないが、いろんなお客様が森町のファミリー(店員さん)に”あたり前田のクラッカー”のように「差入れ」を持ってきてくれます。

 

”あたり前田のクラッカー” 

令和の地方都市で、まるで昭和の商店街のような光景が繰り広げられています。なぜ、このような「奇跡」は起きているのでしょうか?そのヒントが客間にあります。

 

 

当社はチェーンストア(すべて直営)でありますが、全店統一POP(商品紹介など)は最小限に抑え、ここ数年はファミリーによる手づくり演出による店づくりをすすめています。これを10年以上前から続け、全店のベンチマーク的店舗になっているのが森町店なのです。

 

この手づくり演出はお店の意義に直結します。

 

お店が店員にとって、ただ単に仕事をする場所ではなくなり、人生充足の場に変わっていきます。お店が働き手にとって「人生充足の場」になると、これはお客様にも伝播し、お客様にとっても「人生充足の場」に変化していきます。つまりただ単に買い物をする場所ではなくなっていくのです。

 

これは、地域住民が互いに店員であり、お客であった昭和の商店街では”あたり前~~~”だった関係性です。しかし、お店のほとんどがチェーンストアになった今日、ほぼ絶滅した姿、価値観です。店内での井戸端会議。最近見たことがあるでしょうか?

 

 

その「奇跡の店」森町店の取り組み(というより日常風景)のひとつを紹介します。

 

 

 

 

↑は森町店の客間で10年以上続いている「ポッポおじさんの似顔絵展覧会」です。近所の子どもたちが店内で描いたり、家で描いて持ってきたりしています。森町ファミリーが淡々と日常的に、努力とかでなく楽しみとして続けてきました。

 

これらの大量の作品群は、店内のアルバム帳に保管されており、だれでもいつでも見れるようになっています。

 

 

↑10冊以上のアルバム帳

 

 

10年前の幼児も青年になっています。かわいかった頃のわが子や自分自身の作品を見るのは、ノスタルジーです。森町点が地域住民にとって「人生充足の場」になっている証の一例です。ローマは一日にして成らず。このような日々の積み重ねが「奇跡の店」をつくってきました。

 

今日はその作品の中の超名作?迷作?を紹介します。この作品を見つけたのは5年以上前です。以後、私のデスクに大事に「肌身はなさず」のレベルで保管しています。

 

 

初公開です! (♪ドラムロール)

 

 

 

 

アルコール依存症になったポッポおじさん?

麻薬中毒になったポッポおじさん?

倒産寸前!落ちぶれたポッポおじさん?

 

 

先日、ソフトバンクの孫さんが、大赤字の業績の反省の弁で、徳川家康の「しかみ像」を引用しました。

 

 

若い頃の家康が戦に敗れ、慢心の戒めに描かせたとされる絵です。

 

 

「落ちぶれたポッポおじさん」はだれの作品かはわかりません。が、私にとっての「しかみ像」であり、森町店はこの絵を描く機会をつくり、私の目にとまりました。この意味においても森町店は、私のみならず当社の未来にとっても「奇跡の店」なのです。